小説2

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2003年4月10日。李郷中学校の入学式が行われた。
私は1年5組だった。
隣は小学校で仲の悪かった白畑昇。前後は全く知らない人。
転校して3ヶ月では完全には馴染めず、数少ない友達も殆んどが違うクラス。唯一同じクラスになった友達も席は遠い。
私はため息を吐いて反対隣を見た。反対隣も確か、別の学校出身の男子だった。

――そして、次の瞬間に私は目を奪われた。


遥名緑の 6


第一印象からカッコいいと言える男子に出会ったのは、これが初めてだ。それは生まれて初めて経験する、“一目惚れ”というヤツだった。
若干茶色い瞳、サラサラの髪の毛、整った顔立ち。女の子のように長い睫毛が印象的だ。
彼はこっちを向いて、ニカッと笑った。
正面から見る顔がまたキレイで、思わずドキッとしてしまう。

「よろしく」

彼は言った。

「あ、よ、よろしく」

私の返事は、些かぎこちなかったかもしれない。


「出身何処? 市富小?」

帰り間際、後ろの席に座っていた平瀬絢美という人がそう声をかけてきた。

「? うん」

なんでそんなこと訊くんだと思った。
李郷中に来るのは市富小か李郷小のどちらかなのだから、自分の知らない人はもう一つの方だということくらい、分かるハズだ。
真相はあとで分かったことだが、ただ単に、絢美は市富小でも李郷小でもなく、青山南小からきた転校生だっただけだったのだ。


翌日の理科のテストの終了後、彼は自分の問題用紙を私に見せてきて言った。

「見て! マトリックス描いた!」

そこには確かに人のようなものが描かれていた。
マッシュルームのような形をした顔で、下半身は右を向いているのに、上半身だけは明らかにこちらを向いていた。
小学校低学年の頃こんな絵描く奴いたな、と思う。

「おー」

それと苦笑いぐらいしか、リアクションのしようがない。
彼の名前は、山田一騎と言った。


一騎は中々面白いヤツだった。
平凡過ぎる自分の苗字が嫌いで、なるだけ名前を呼ばせたがる。
明るくフレンドリーで、ちょっとナルシストだった。
私は転校してからも手紙のやり取りをしている彩飛達に報告をした。



反対隣の一騎とは、勿論給食の班は別だ。
私の給食の班のメンバーは、6人中4人が市富小出身だった。
隣の嫌いな不良男子昇、2つ後ろの苦手な女子、その隣の無口な男子、そして私。
あとの2人は、私の後ろで青山南小出身の絢美と、絢美の隣で李郷小出身の野村暁だった。
いざ机を合わせてみると、本当に微妙なメンバーだったが、意外にも盛り上がった。
と言っても、1番後ろの2人は殆んど会話に参加していない。
主に会話を繰り広げるのは、不良だけどイイヤツだということが判明した昇と、絢美、野村、私だった。


それから数日後。
何が起きたのか、切れ切れにしか思い出せない。
微かに残る記憶には、一騎と激しく言い争う自分がいる。
彩飛達が冗談半分で送ってきた手紙に、一騎を不快にさせるようなことが書いてあったのだ。そしてそれを、一騎が見てしまった。
一騎は手紙をビリビリと破き、

「最低だよ!」

と怒鳴った。

「どっちが!」

私は返す。
周りはポカンとした表情で見ている。
それきり、一騎とは喋らなくなった。


それから1ヶ月くらいが過ぎた。
忘れもしない(単に記憶力がいいだけだが)5月29日。
野村が欠席した。
そうすると不思議なことに、いつもは盛り上がる給食時間が、イマイチ盛り上がらない。
いや、盛り上がってはいるのだ。
いつも盛り上げているのは昇であって、野村ではない。
他は主に昇の話を土台にしてボケたりツッコんだりするのだ。
だから昇がいれば、大抵の話は盛り上がった。
しかし、何か違う。
昇と絢美はいつも通りだ。でも私は何か違った。
盛り上がっているのに、なんか盛り上がっている気がしない。
右の斜め後ろ、或いは班をつくれば右斜め前の空席が、私の心にもぽっかりと穴をあけてしまったような、そんな気分だった。

――明日は来てくれるかな…

そう頻繁に思った。
帰り道。

――もしかしてこれ、好きなのかな…?

私は思った。
そんな、軽い気持ちから始まった恋だった。


席は近くなったり遠くなったりしたが、遠くても私は時々近くまで行き、一生懸命話しかけた。
昼休みには話をしたり、追いかけっこ(一方的に)をしたり。
小2からの成長はなく、相変わらず蹴ったり叩いたりしていた。
その頃はそれで幸せだったし、それでいいと思っていた。
いつしか私と野村は、両想いと噂されるようになっていた。


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