小説2

□3
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2000年4月。私は4年生になった。
そして、理由は全く覚えていないが、同じクラスになった岩本雌也を好きになった。
どうして好きになったのかは覚えていないが、どうして好きだったのかはなんとなくなら思い出せる。
先ず、顔。
今見ても何とも思わないが(寧ろ苛立つくらいだ)、その頃、他の一般男子とは違った雰囲気を持っていたのだ。
性格はちょっと優しいとは言い難く、私に対してほぼ毎日『チビ』と言っていた。
けど、私はそれに特に苛立つ事もなく、ニカッと歯を見せて笑う岩本が好きだった。


遥名緑恋 3


その日、私は岩本が折っている折り紙を眺めていた。

「何見てんだよ」

岩本が言った。

「何、それ?」

私は問いかけた。

「鶴」
「鶴?」

岩本は出来上がった鶴(?)を私に見せ、いつものようにニカッと笑った。
しかし、それは鶴には見えなかった。

「新型の鶴。俺が考えた☆」

岩本は鶴を掌に乗せ、指でつつきながら言った。

「へぇー、可愛いじゃん」
「お前もいる?」
「へ?」

私は耳を疑った。
岩本が『お前もいる?』と言ったような気がしたのだ。

「俺の鶴」

岩本は私を見てまた笑っていた。
聞き間違いではなかった。
彼は本当に、『お前もいる?』と言ったのだ。

「あ、うん。欲しいー」

私がそう言うと岩本は、おし、と言って折り紙を取り出し、鶴を折り始めた。
私はその様子を側で眺めていたが、折り方を覚えるのは無理そうだった。

「ほい」

数分後。
岩本は完成した鶴を私に差し出した。

「あっ、ありがとう!」

私が慌てて手を出すと、岩本は私の手の上にその鶴を置いてその場を去っていった。
私は手の上の鶴を見つめ、1人ぼーっとしていた。

「…誕生日、プレゼントだ……」

その日は10月31日だった。
岩本が私の誕生日を知るはずがないと分かっていても、誕生日に貰ったその鶴は、特別なもののようだった。
しかし、今ではもう何処へいったのか分からない。
多分捨ててしまったのだと思う。



私は岩本の家を知っていた。
だから、住所も容易に知る事が出来た。
その年の暮れ、私は年賀状を送るかで迷っていた。
岩本は私が住所を知っているなんて思っていないハズ。
いきなり年賀状なんか来たりしたら、不審に思われるかもしれない。
でもとりあえず書いておこう、と私は年賀状を書き、友達への年賀状と混ぜて出してしまったのだ。当然の如く返事はこなかった。



4月、5年生になった。
クラスが離れると岩本への熱も冷め、私には恋のない生活が戻ってきた。
まぁ小学生だから、恋のない生活と言ってもそれ程何かが変わるわけではない。
一緒に帰る人にも、一緒に遊ぶ人にも、何ら影響はないのだから。
特に寂しいと思うような事もなく、私は小学5年生という日々を過ごしていた。



4年の時から、私は合唱団に所属していた。
年に1回、県内の合唱団が集まって、総会が開かれる。
それが8月中旬、本番は間近に迫っていた。
熱中症だろうか。
クーラーの壊れた部屋、昼前の練習。
歌っていると、急に視界が悪くなった。
そして眩暈がして、私はその場に倒れた。
辛うじて意識はあったのだが、心配する友達の声は遠くに聞こえた。
しばらく座っていると視界も元に戻り、落ち着いたので再び練習に参加した。

それが始まりだった。
それは静かに、しかし確実に、私を壊し始めたのだ。


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