小説2
□夏
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過ごしやすい季節が終わり、秀子と聡馬が出会って3度目の夏が来た。
同時にこの夏は、中学最後の夏でもある。
3年生には進路選択が迫られる。
秀子は進路調査票を机に置き、かなり真剣に悩んでいた。
3度目の夏〜約束〜
「進路って言われてもなぁ…」
秀子はため息を吐いた。
――高校に行けるだけの金はまぁあるけど…
バイト、就職しようにも働き口なんてないだろうし、
「高校、かなぁ」
ピンポーン
「……」
秀子は立ち上がって玄関へ向かった。
ドアを開けると、風変わりな少女が立っていた。
万恵を思わせるようなダークレッドの髪に、黄色のメッシュ。
一部だけウェーブをかけ、右上で結んでいる。
ゴムについているのは…トランプ? 四角の中にハートやクローバーが描かれたアクセサリがついている。
目は丸くて大きく、深紅(秀子が人の名前を読む時のような色だ)。多分カラコンだ。
服は赤のキャミソールにピンクのリボンがラッピングするように巻かれている(こんな服絶対売っていない。リボンを巻いたのは恐らく彼女だ)。
スカートは水色。茶色のベルトを銀色のチェーンで固定している。
何処までも自由な格好だ。
校則の緩い高校にでも通っているのだろうか。
「栗村愛乃というです」
少女は言った。
「いとのですか…」
秀子は、少女――愛乃の上に出ている名前を見ながら言った。
「今日から隣に住まわせていただくです。よろしくお願いしますです」
風変わりなのは格好だけではないらしかった。
「えーっと、まぁ、よろしくお願いします」
「ちなみに学校も、あ、クラスも一緒の予定なので仲良くしなさいです…あれ? 違うな…仲良くして下さいです、うん、よし」
よしじゃない。
風変わりなのではなく、日本語が苦手のようだった。
しかし秀子は別のところに気付いた。
「同じクラス…て事は中3!?」
「ん? そうですよ」
愛乃は一瞬不思議そうな顔をし、またすぐに笑った。
「あ、そうなんだ…それで学校行く気なの??」
「はいです?」
「その…髪で」
人の事言えないかとも思ったが、一応聞いてみた(染まらない秀子の髪は例外だ)。
「そうですよ? 問題ですか?」
「え、でも先生よく…もしかして、貴方も実験体!?」
「実験台、じゃあないですね。これは染めてるだけです」
「そう…凄いね。ダークレッドって…」
「ダークレッドですか…愛乃から見たら黒ですけれどね」
「ん?」
「不思議な色ですねー金から黒ですか?」
「え? ああ、うん」
一瞬何かと思ったが、すぐに髪の事だと分かった。
しかし、何故態々そんな事を聞くのだろう。
「大変です。でもまぁ頑張りますですよ♪ では帰りますです。また」
何か言いかけた訳ではなく、それはあいさつだったようだ。
そこまで言うと、愛乃はお辞儀をして隣の部屋(佑、哉とは反対の)に入っていった。
ドアの閉まる音が聞こえると、秀子もドアを閉めた。
進路調査票はまだ白紙だ。
「――中から来た栗村愛乃です。よろしくお願いするです」
愛乃はそれだけ言ってお辞儀をすると、先生の指示も待たずに空いている席に座った。
そして隣にいる聡馬の方を向いて
「よろしくぅですそー君!」
と笑いかけた。
「そ、そー君って、なんで…」
「今朝しゅこたんが呼んでたですから♪」
「しゅ、しゅこ、たん…?」
聡馬は引いた。
というか、クラス全員が引いた。
「うん! ねっしゅこたん♪」
そんなのお構いなしに愛乃は前に座っている秀子に抱きついた。
秀子は嫌そうな顔をしていた(完璧にアダ名のせいだ)。
何か始まりそうな気がした。
「鷺ちゃん鷺ちゃん弁当、食べましょうですー」
数日後、人懐っこい愛乃はクラスの人気者になった。
特に仲がいいのは三月亜鷺、小谷愛羅、平岡雪見の3人だった。
「うん、何処で食べる?」
「ん、外ー」
「おっけー」
「なーしゅこたん!」
「?」
秀子を呼んだらしかった。
秀子はびっくりしながら愛乃を見た。
「しゅこたんも一緒に食べましょうです!」
愛乃はにっこり笑って言った。
他の3人も笑っている。
「え、いや、あの…」
突然のお誘いに戸惑いながら、秀子は聡馬の方を見た。
聡馬はちょっと困ったように笑いながら、秀子に向かって手を振った。
それを見た秀子は弁当を持ち、トコトコと4人の方へ歩いていった。