小説2

□秋
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「あ、おはよー聡馬君」
「おはよう…」
「オッス平田! 久しぶりw」
「…ああ」


1度目の秋〜度〜


新学期。
平田聡馬は、クラスメイトの輪の中にいた。
小学校の頃からの友達と過ごす日々。昔に戻っただけのはずなのに、心の中は物足りなさと哀しさで埋め尽くされていた。
クラスメイトの広瀬秀子は、今日も椅子に座って本を読んでいる。
結構厚い本で、今日から読み始めたらしく、まだ最初の方だった。

「おい聡馬! どうしたんだよ?」

秀子の方をぼーっと見ていた聡馬は、親友の声で我に返った。

「あ、いや…別に…」




5日後。生徒達の夏休みボケもなくなってきた頃、クラスでは体育祭で行われる学級対抗リレーの走順を決めていた。

「広瀬さん」

話し合いの最中にも本を読んでいた秀子に(もう4分の1くらい読んでいた)、学級委員長の小谷愛羅が声をかけた。

「何?」

秀子は1ページめくり、目線を本に向けたまま言った。

「広瀬さんアンカーでいい?」

次のページをめくろうとした秀子の手が止まった。

「今何て言った?」

今度は愛羅を見て。

「今学級リレーの走順決めてんの。広瀬さん、アンカーでいい?」

秀子は5月の体力テストで50m5秒09を出していた。

「別に…」
「それってイイの!? ダメなのっ!?」
「……いいけど」
「本当!? よかったぁーありがとう! じゃっ、頑張ろうね!」

そう言って愛羅は去って行った。

「……」

――必要としてくれた。あたしを必要としてくれた。

嬉しさを顔には出さずに、秀子は本に目を戻した。



その日の事だった。秀子は校門に向かって歩いていた。

「安美ぃーいいのォ? アイツアンカーにして」

嵐ヶ丘那波の声が聞こえて、秀子は立ち止まった。

「だって小学校の時ずっとアンカーは安美の定位置だったんだよ!?」

続いて、唐瀬千暁の声が聞こえてきた。

「いいのよ。折角アイツにも必要とされるチャンスが来たんだから、今頃喜んでるんじゃない? あんな暴走する事しか能のない役立たずの化物、こういう時だけ使っておけばいいのよ!」

安美は皮肉混じりに笑った。

「そっかー成程ね! 流石安美!」

千暁は安美をたてるように言う。
そのあとも安美は色々言い、その度に那波や千暁がたてていたが、秀子にはそれだけで十分だった。
秀子は少しの間静止していたが、やがてゆっくりと歩き出した。





体育祭翌日。
秀子の靴箱に、上履きはなかった。
秀子は極自然に靴箱付近の溝へ向かった。
思った通り、秀子の上履きはそこにあった。
秀子は泥まみれになった上履きを拾い上げると、足洗い場で洗い始めた。
この程度の嫌がらせにはもう慣れっこだった。
小学校の頃も大抵は靴を隠すか、汚すか、捨てるか。
中学生になって半年も経つのに、この人達の頭はまだまだ小学生、と秀子は笑った。
洗い終えた上履きを下に置き、靴下を脱いで履いた。
水が染み込んでいて気持ちが悪かった。
歩くと微かに水の音がしたが、構わず秀子は教室へ向かった。
ドアを開けると、いつも通り教室は静かになった。
秀子の足下には、態とらしくチョークまみれにされた、黒板消しが落ちている。
ただし秀子はドアを開けただけだったので、黒板消しは秀子の目の前を通り過ぎた。

――ベタだ。

所詮この程度。秀子には察しがついていた。
黒板消しをそのままにし、秀子は何食わぬ顔で教室へ入る。
舌打ちが聞こえた。
椅子の上の画鋲を横の壁に突き刺し、座って本を取り出す。相変わらず例の太い本だ。
ベタな嫌がらせはその後も延々と続いたが、秀子は殆んど動じなかった。






毎日同じような嫌がらせを受け続けて2、3週間後。
上履きは毎日溝にあったので、秀子は靴箱より先に溝へ向かった。

「あ、れ…?」

学校で喋ったのは久しぶりだった。勿論家でも喋らないが。
いつもの場所に、上履きはない。
靴箱に行くと、そこには濡れた上履きが置いてあった。
中に新聞紙が入っていた。

「……」

秀子は新聞紙を抜き、靴下を脱いで上履きを履いた。
いつもより少し乾いていた。


教室のドアを開けいつも通り黒板消しを交わすと、聡馬と目が合った。
聡馬はすぐに目を反らして、本を読み始めた。『スカイライン。』という本を。
嬉しさを顔には出さずに秀子は席に着き、『スカイライン。』を取り出した。


1度目の冬へ


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