小説2

□夏
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いつものように秀子が教室のドアを開けると、いつものように教室は静かになる。
そしていつものように、秀子が席に着くまでの間、ヒソヒソと話し声が聞こえ、

「おはよ、広瀬」
「……おはよ」

いつものように聡馬が声をかけてくる。
いつもこれの繰り返し。


1度目の夏〜差


あの日から声をかけてくるクラスメイトは減っていき、避けられ、3ヶ月以上ずっとこの調子だ。
ただ唯一、それまで通り…いや、それまで以上に話しかけてくるのは平田聡馬だ。
何回か席替えはしたが、その度に2人の席は近く、今は秀子の斜め前が聡馬だった。

『僕はそんな事で、広瀬から離れてったりしないから』

その言葉と、後ろから抱きしめてくれた聡馬は、温かかった。

「どうした? 広瀬」
「あ、ううん。別に」

ただ、聡馬の近くに誰もいない事が、秀子の気掛かりだった。



昼食の時間。
ここは中学校だが、給食の制度はなく、食べる場所も自由だ。
つまり、孤立している人は、1人だという事。

「広瀬」

秀子が顔を上げると、斜め前の聡馬が振り返ってこっちを見ていた。

「何?」
「何って…弁当、何処で食べる? いつものトコ?」

いつものトコ。
2人の始まりの場所、あの桜の木の下の事だ。

「…うん」

秀子は聡馬についていった。




「……何?」

秀子は、秀子の弁当をじっと見ている聡馬に言った。

「オマエの弁当っていっつも凄いよなー」
「は?」
「いや、何か美味しそうっていうか…」
「あ、そう」
「広瀬の母さん料理上手いんだな」
「え?」
「え? って…」
「コレ、あたしが作ったんだけど」
「え!? まっまじで!?」
「マジで」
「えっじゃあ母さんとか弁当作らないの? 自分のは自分で作る、みたいな?」
「親いない」
「え?」

聡馬は、聞いちゃいけない事を聞いてしまった、と思った。

「一人暮らし。家出してきたから。12年も育ててくれただけマシでしょ」
「捜されたりしてないの?」
「当たり前じゃん。自分から出てってくれた人を、どうして捜したりしなきゃいけないの? 向こうは厄介払い出来てラッキーなんだよ。それに妹いるし。まともな娘が1人いりゃ、それでいいんじゃない? まぁ、実験体だから、それなりの奴らは捜してるかもしれないけど」
「そんな…」

聡馬は秀子を抱きしめた。

「ちょっ、アンタはまた…!! 分かった! 分かったから離して! もう何!? アンタシリアスになると人を抱きしめる癖でもついてるワケ!?」

秀子は赤面して必死に抵抗した。
そんなに力はないと思っていたが、聡馬も一応は男のようだった。
力が出るのはスイッチが入った時だけのようで、秀子も一応は女のようだった。
聡馬の手は、中々ほどけそうにない。

「僕にも弁当作ってよ。広瀬の弁当食べてみたい」
「…気がむいたらね」

聡馬の腕の中で、秀子は大人しくなった。






「広瀬さん、ちょっといい?」

その日の放課後だった。
四月一日安美が声をかけてきた。
クラスのリーダー格、そして秀子の無視を真っ先に始めた張本人だ。

「何?」
「いやいやココじゃなくてさ…ちょっと人の来ないところに…ね」




安美とその仲間たち、それから秀子は、あの桜の木の下にいた。

「で、何?」

秀子は安美を見て言った。
安美は先程までの外ヅラ(ずっとニコニコしていた)を崩し、冷めた目で秀子を見た。

「アンタさぁ、平田君の同情買って何様のつもり?」
「は?」
「平田君優しいからアンタに同情してくれてんでしょ?」

安美の言葉に付け足すように、後ろにいた唐瀬千暁が言った。

「そのせいで平田君の友達減らしてんの分かってんの?」
「平田君が可哀想ー」

安美のグループのブリッコ・嵐ヶ丘那波がブリッコ口調で言った。

「平田君の友達減らしてんのはオマエなんだよ!」
「もうさ、平田君自由にしてあげたらどうなの?」
「アンタといたって不幸せになるだけでしょぉ?」

1人1人捨てゼリフのように言い残し、3人は去っていった。
秀子の頭の中では、色々な考えが巡っていた。
少しして、秀子は歩き出した。




「広瀬!」

名前を呼ばれて顔をあげると、門の近くに聡馬が立っていた。

「なんで…」

教室で待っとくように言ったのに。
丁度いいから、そのまま帰ろうと思ってたのに。
まさかココで待ってるなんて。

「いや、教室で待ってたんだけどさ、中々帰ってこないから…靴はいてこいよ。僕ココにいるから」

この学校には裏門が1つあるが、そこから出ても正門の前を通る。
どうやら今日の聡馬からは逃げられないらしい。
諦めた秀子は靴箱へ向かった。



 
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