小説6
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貴方には大切な人がいますか?
FaKe.−フェイク−\
「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!」
−大切な人−
亀戸浴衣、16歳。
「浴衣ちゃんここ分かんないんだけど…」
「あーこれはね…」
誰にでも好かれる、優しくて天然な少女。
「米代さん、これやっといたよ」
「えっありがとう! すっごい助かる!」
いつもニコニコしていて、誰にでも優しいが、彼女は何をするにも1人だった。
「亀戸さんって優しいけど何考えてんのか分かんないよね」
「いい子なんだけどねー付き合いにくいよね」
その彼女の“芝居”の理由は、大切な人を作らない為だった。
「亀戸さん…だよね」
突然名前を呼ばれ、浴衣は振り返った。しかし立っていたのは、見知らぬ男子だった。
「…誰?」
「俺、爾野蕉二。この学校に、転校してきたばっかで」
「ニノ…くん」
浴衣が言うと、蕉二は頷く。
「あの、家が近いって聞いてさ! まだ道はっきり覚えてないから…よかったら一緒に帰ってくれないかな…?」
蕉二は遠慮がちに言う。浴衣は微笑んだ。
「うん、いいよ」
それを聞いて、蕉二は安堵する。
「よかった…じゃ、放課後! どっちが先に終わるか分かんないけど…校門前待ち合わせで!」
「うん」
蕉二は慌ただしく去っていく。浴衣はそんな後ろ姿をしばらく眺めていた。
そして放課後。
浴衣が校門に向かうと、蕉二は既に待っていた。
「ニノくん」
呼ぶと、蕉二は浴衣に気付き近寄ってくる。
「ごめんね。遅かった?」
「いや、平気」
そんな会話をしながら歩き出す。
「ニノくんって何組なの?」
「え? あー…えっと、2組」
「2組? じゃあ隣なんだ。私3組だよ」
「…そうなんだ」
「家何処なの?」
「え、あー…えっと、あの、ま、まだ! 住所…覚えてなくて」
「あ、そうなんだ。でも私の家の近くなんだよね? だったら七時雨かな?」
「あー…そんな地名だったかも」
しどろもどろに答える蕉二に、浴衣は首を傾げたが、天然なので特に言及はしなかった。それから浴衣は黙る。特に質問することがなくなったからである。蕉二は時折何か言いたげに浴衣を見ていたが、浴衣は気付かないフリをしていた。
「ニノくん」
しばらくして、浴衣は言う。
「えっ、あ…何?」
「私の家、ここなんだけど…家まで送っていった方がいい?」
「あっ大丈夫! ありがとう!」
蕉二は慌てた様にそう言う。浴衣は笑った。
「そう。じゃあまた明日ね」
そう言って浴衣は家の中に入っていった。蕉二はその家を見る。極普通の平屋だった。表札を見ると、【石鎚】と書いてある。
「…石鎚…?」
蕉二は呟いて、その場をあとにした。
翌日も蕉二は、浴衣の元へやってきた。
「どうしたの?」
「いや、1人?」
「1人だけど…」
今は昼休み、浴衣は1人でご飯を広げたところだった。
「一緒に食べていい? まだ友達いなくてさー」
蕉二は浴衣の前の席の椅子を後ろに向け、浴衣の机にパンを置く。
「でも私と一緒に食べてたら、余計に友達できないんじゃないの?」
「え?」
「ニノくんだったら、クラスの男子に声かければすぐ友達できると思うけど」
「…そう見える?」
「うん」
「いやーでもさ、意外と俺、初対面の人に声かけるの苦手なワケよ。人見知りってやつ?」
「昨日私に声かけたじゃん」
「あ」
蕉二は一瞬しまったという顔をする。浴衣は眉をひそめた。
「いや…亀戸さんは別!」
「…私は人じゃないってこと?」
「え? いやそんなことはないよ!? でも何ていうか…ほら、昨日はどうしても声かけなきゃいけない状況だったし!」
「どうして?」
「いやだって亀戸さんに声かけなきゃ俺、家帰れなかったし!」
「ああ…そっか」
浴衣はようやく納得したように言った。蕉二は安堵する。
「じゃあ昨日みたいに勇気出さなきゃ。いつまで経っても友達ができないよ? 昨日できたんだから大丈夫だよ」
「…亀戸さん、俺といるの嫌なの?」
「え?」
浴衣は驚いたように蕉二を見る。蕉二は悲しげに浴衣を見ていた。
「っあ…そうじゃないよ。嫌じゃ…ないよ」
「そっか…よかったー」
そう言って蕉二は笑う。浴衣は目を逸らした。
「心配してくれるのは嬉しいけど、俺は亀戸さんと一緒にいたいから。だからいいんだよ」
「…そう…」
蕉二はニコニコしている。浴衣の心は複雑だった。そして帰りも、蕉二は浴衣の教室にやってきた。
「亀戸さん一緒に帰ろー!」
「あ…うん」
浴衣は立ち上がって歩き出す。
「亀戸さん、なんか変な人に気に入られちゃったね」
クラスの女子が苦笑いでそう言った。
「…うん」
浴衣も苦笑いで返した。
「今何話してたの?」
廊下に出ると、蕉二に聞かれる。
「何でもないよ」
浴衣は笑った。そして2人で歩き始める。
「亀戸さんさ、」
しばらく無言で歩いていると、蕉二が口を開いた。
「ん?」
「なんでここにいるの?」
「…え?」
浴衣は蕉二を見る。意味が分からなかった。
「…どういう、こと?」
蕉二が喋らないので、浴衣は続けた。
「何が原因?」
質問には答えず、蕉二は再び訊いてきた。
「…何の話?」
浴衣は眉をひそめて問う。本当に何のことだか分からなかった。
「なんか嫌なことあった?」
その言葉に、浴衣の鼓動が速まる。
「なん、で…」
「ずっとこんなところにいるから」
「だからっ…“こんなところ”って何なの!?」
浴衣は叫ぶ。蕉二は驚いたように浴衣を見ていた。
「俺は…亀戸さんを連れて帰りたい」
「…何処に」
「現実に」
浴衣は眉をひそめる。
「現実…?」
蕉二は頷いた。
「クラスの奴に亀戸さんのこと聞いたよ。優しくて、天然で、でも何考えてるか分かんなくて、絡みづらいって言ってた」
「…だから、何なの」
「でも、俺が聞いてた“亀戸浴衣”は、そんな性格じゃないんだよ。亀戸さん…その性格、作ってんじゃないのか?」
「なん…」
浴衣の鼓動が再び速まる。蕉二は真剣な眼差しで浴衣を見ていた。
「そんなこと…一体、誰に聞いたって言うの…」
「亀戸さんのお父さんだよ」
「嘘!!」
浴衣は突然叫ぶ。蕉二は何故浴衣がそんなに否定するのか分からなかった。
「そんなはずない…! だって…だって私のお父さんは…死んだの…」
その言葉に、蕉二は目を見開いた。
「え…?」
「お父さんは死んだの…! お父さんだけじゃない…お母さんも、お姉ちゃんも、陸羽も、晏も、胡都子も…私の大切な人は…みんな…」
『浴衣ーっ早くしないと遅れるよー!』
『待ってー!』
『あっきた! おっそい浴衣!』
『ごめーん! あれ、胡都子は?』
『胡都子は更に遅刻』
『ごめんねー晏ちゃん。浴衣のせいで遅れちゃって』
『あっ大丈夫です! いつものことなんで』
『ちょっと晏ー!』
『すいません、なんか家族旅行に私達までお邪魔しちゃって』
『いいのよー賑やかで楽しいわ』
『え? ちょっと待って、あの車なんか…』
『どれ?』
『ほら前から来てる…』
『危ない!!!』
『いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
「…飲酒運転だった…中央線をはみ出してきたトラックと正面衝突して…うちの車は潰れた…」
「……」
浴衣は顔を手で覆う。蕉二は言葉を失った。そしてようやく、彼の言う“原因”に気付いたのだった。
「もう…嫌なの…大切な人なんて要らない。欲しくない。もう失うのは嫌なの…!」
「亀戸さん…それはおかしいよ」
蕉二は言う。浴衣はゆっくりと顔から手を離した。
「…え…?」
「亀戸さんはなんでみんなが大切だったの? 好きだからじゃないの?」
「そんなの…当たり前じゃない」
「そうだよ。当たり前だよ。だけど大切な人を失って、そのせいでもう欲しくないって…もう誰も好きになりたくないってこと? そんなに好きな人達がいたのに、もうみんなを好きでいるのは嫌ってこと?」
「そんなこと…言ってな」
「そういうことだろ!? これから誰も好きにならないってことは、今までに好きにだった人達全部否定することになるんだぞ!? 亀戸さんそれでいいのかよ!」
「いい訳ないじゃない!!」
浴衣が叫ぶ。同時に目から涙がこぼれた。
「みんな好きだよ…! でも、もうあんな悲しい思いしたくないんだもん…!」
「…いつか別れがあるのはしょうがないことだろ? 俺達は人なんだから。永遠に生きられる訳じゃないんだから。でも俺は、この先に別れがあったっていい。悲しい思いしたっていい。大切な人を作ることはやめたくない」
「……」
「楽しかった日々が残ってるから。心の中に」
やがて浴衣は、小さく頷いた。蕉二はそれを見て微笑む。
「亀戸さんの…お父さんの名前は…亀戸、富嗣…だよね?」
そして突然そう言った蕉二に、浴衣は驚きの目を向ける。
「…そう、だけど…」
「お母さんの名前は美津子、お姉ちゃんは旭、陸羽は…亀戸さんの弟。友達の2人は、樋邑晏と単胡都子」
次々と名前を口にする蕉二を、浴衣は驚いた目のまま見ていた。
「…なんで、知ってるの…?」
「亀戸さん」
やはり浴衣には答えずに、蕉二は言った。
「大丈夫だよ、亀戸さん。帰ろう。みんなが待ってる」
蕉二は、浴衣の手を掴んだ。浴衣の目から、再び涙が流れ出した。
「…ホントに? みんな…?」
蕉二は、黙って頷いた。両手を繋ぎ、2人笑って額を合わせる。そして目を閉じた。
ゆっくりと目を開ける。視界には、真っ白な天井があった。ふと、顔を横に向ける。ベッドに突っ伏して、蕉二が眠っていた。すると蕉二がゆっくり目を開ける。そしてゆっくり起き上がって、浴衣を見た。
「亀戸さん…?」
浴衣は微笑んだ。
「ただいま」
それを聞いて、蕉二も笑う。
「おかえり」
そして2人は互いに抱き締め合った。
「浴衣…?」
すると病室の入口から声がする。見ると、そこには懐かしい顔があった。
「胡都子…」
「浴衣…!」
単胡都子。失ったと思っていた、親友。胡都子は浴衣に駆け寄り、抱きついた。
「おかえり…! おかえり浴衣…!!」
「…ただいま」
「奇跡的に助かったんだよ、全員。お医者さん達の迅速な処置のお陰だ」
浴衣の父、富嗣が言う。全員がその場に揃っていた。
「いやいや、皆さんの回復力には本当に驚かされました」
浴衣の様子を見にきた医師も言う。
「浴衣も怪我はもう治ってるのに目覚めなくて…心配してるときに、爾野くんが現れたの」
浴衣の傍に座っていた姉の旭が言った。皆蕉二を見る。蕉二は照れていた。
「…ニノくん、ありがとう」
浴衣は微笑んで言った。
「私…あの事故でみんな死んだと思い込んでた。だから現実から逃げたくて…目覚めたく、なくて…」
浴衣は全員の方を向く。浴衣の大切な人達が、皆微笑んで浴衣を見ている。
「でもその夢の中にも…みんなはいなかった。馬鹿だね、私。…そんな必要、なかったのに」
そんな幸せな光景を見ながら、浴衣は笑った。
FaKe.\ end.