小説6

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5、オリエンテーション



「まずは最初だから自己紹介でもし…殆んど知ってるでしょうし、面倒だから省略するわ」

Mrs.腹黒柳が名簿をトントンしながら言ったとき、生徒達はようやく、“アレ、このクラスの担任って例野阿之人じゃなかったっけ?”と気付いた。そして“まあ、いっか”と思った。当の例野阿之人は教室の隅に立っている。

「しかしMrs.腹黒柳、自己紹介を省いたらオリエンテーションですることがなくなります」
「オリエンテーション自己紹介しかすることねぇのかよ」

ひょこひょことMrs.腹黒柳に媚びているような態度の例野阿之人に、茶中ひろきは言う。仮にも某映画の闇の帝王に似た風貌だというのに、そんな姿見たくない。

「いいじゃないの、オリエンテーションなんて大したもんじゃないのよ」
「いいやがった」
「3年目と4年目なんだから分かってんでしょ!? 9月に体育祭、10月にハロウィン祭、11月に文化祭! 以上! 1年間! よろしく! お願い! します!」
「秋に行事詰め込まれ過ぎだろ! 前半何もねぇのかよ!? あっでも確かに前半の行事って言われても何も思いつかねぇ!」
「落ち着けチャナ。しれっとハロウィン祭なんて入れられてるぞ。そこツッコめ」
「いやチャナくんが突っ込むのはそこじゃなくてアンタの尻の」
「お前は黙ってろ!!!」

中町たくとが叫ぶ。完全に神有月神無に目をつけられてしまったようだ。そのあと“しかも俺っちが受けかよ”と思ってしまった辺り、たくとも終わっている。

「ハロウィン祭って何? なかったよね?」

滝川菜々が隣のみやもっつあんに話しかける。みやもっつあんも頷く。

「なかったなかった」
「お黙りなさい! 今年からできたのよ何か文句ある!?」
「いや文句はないけど…だからハロウィン祭って何?」
「まーいんじゃない? 楽しそうだし」

眉をひそめた西野健太郎の後ろで白幕組娘が言った。

「いや何かって訊いてんだけど」
「そうだねー楽しそう」
「ハロウィンだもんね」
「楽しみー」
「えっ何これ、俺が可笑しいの?」

内容も聞かずに盛り上がり始めた女子達に、にしけんは取り残される。女子怖い。

「どんまい、にしけん」

一片の悪気もない山渡正の笑顔がにしけんに追い討ちをかける。Mrs.腹黒柳は名簿を持ち、立ち去る準備をしていた。

「オリエンテーション終了! あとは自由よ!」

その瞬間、にしけんは机に伏せる。

「俺のメンタルは死んだ…」
「えっ?」

正はにしけんを見て首を傾げた。正以外はもう誰もにしけんを見ていない。

「ねぇねぇ、長月さん、夜長って呼んでいい?」

白幕は振り返り、斜め後ろの長月夜長に話しかけた。一般的な、転校生に話しかける時のノリである。

「うん、いいよー」
「エロ子の事は白って呼んでね夜長!」
「えっちょっと今の意味分かんなかったんだけど」
「分かったー」
「あっ分かったんだ…」

白幕の横に座っている梅田ジュンが口を挟んだが、当然の如くスルーされた。このクラスでは常識的なツッコミは大体こんな扱いだ。

「ねー夜長の好きな体位何?」
「たいい?」
「オイィィィィィィ何好きな食べ物でも聞く感覚でとんでもねぇこと聞いてんだこの変態!!!!!」
「やだなー変態って言ってる時点でチャナも意味分かってんじゃん」
「そりゃあオメェと2年一緒にいりゃ意味ぐらい分かるわ!!!」
「え、白とチャナくんって付き合ってるの?」
「え、そうなの?」
「話をややこしくすんな長月!! そしてもっつあんも同調すんな!! そういう意味で言ったんじゃねぇよ!! 2年クラスで一緒にいりゃって意味!!!」
「そうよチャナくんにはたくとくんがいるんだから」
「だからお前は黙ってろォォォォォ!!!!!」

珍しく教室がシンとなる。チャナはツッコミ疲れて肩で息をしていた。

「で、夜長の好きな体位は?」

懲りずに白幕は再び問いかける。この子体位とか知らんだろ…と皆思っていた。

「んー押し車かなー」
「いやいやいやそれ体位っていうか…四十八手じゃん!! なんで知ってんだよ!?」
「いや長月もだけどお前もなんで知ってんだよ」
「あっ」

たくとにツッコまれ、チャナは墓穴を掘ったことに気付く。

「チャナこっちの人だったの!?」

白幕が立ち上がってニヤニヤしながら叫ぶ。

「一緒にするなあああああ!!!! たまたまだたまたま!」
「たまたま四十八手知ってるってどういうことだよ」
「四十八手知ってるどころかオシグルマ…? って聞いて四十八手って分かる辺りがもう…ね」

たくとが追い討ちをかけ、みやもっつあんが隣の菜々にボソッと耳打ちした。

「俺が知ってることは別にいいだろ!! それより、長月の方ツッコめよ!! あんな大人しくて純情そうな女子が四十八手知ってることの方ツッコめよ!! お前はなんで知ってんだよ長月!!」
「え〜? 一般常識じゃないの?」
「いや普通は知らないよ」

隣で座野真駄実が言う。

「四十八手って言葉は知ってるけど、中の技? まではねぇ…」
「ただ押し車ってうっすら想像できるのが怖いんだけど」
「えっ想像できる?」

菜々とみやもっつあんの会話に、にしけんがツッコんだ。

「押し車っていうのはねー」
「いや説明しなくていいよ」

夜長が喋り出したのでジュンが止めた。そうでないとそろそろ規制が必要になってくる。

「いいじゃない気になるー! 夜長オススメの体位!」
「体位じゃないでしょ白幕さん」
「いや四十八手って体位のことだから間違ってはないよ」
「あっそうなんだ…」
「流石ただしくん〜汚れなき純粋少年だね!」
「あ、ありがとう…?」

白幕が興味津々で夜長の説明を待っている間に、後ろで正が菜々に変な褒められ方をされる事案が発生していた。

「押し車っていうのはねー」

目を輝かせた白幕は夜長を見ている。それ以外にも何人かが密かに聞き耳を立てていた。

「よくわかんない」

夜長がニコニコしながら言う。教室内がシンとなった。

「えっ?」



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