小説6

□]T
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「あの子さ、社交辞令真に受けてんの」
「だっさ」



FaKe.−フェイク−]T



「おい! 社交辞令が来たぞ!」



−社交辞令−


薄墨小夢美には友達がいなかった。クラスメイト達からは暗い子だと思われ、気付けば“あの子は独りが好きなのだ”と、勝手に囁かれていた。そんなこと一言も言ったことはないのに。しかし小夢美には弁解さえも怖く、クラスで全く自分から発言することなく中学校を卒業した。高校も同じような3年間になるだろう。高校に限らず、大学に行こうとも就職しようとも、自分はずっとこうなのだろう。

「おい! 社交辞令が来たぞ!」

そんな風に考えながら、これから通う高校の門をくぐろうとしたとき、何処からかそんな声がした。社交辞令が来たとは 一体どういうことなのか。声の主らしき男子を見ると、男子は何故かこちらを向いていた。まさか、社交辞令と呼ばれたのは自分? しかし初めて見る男子に何故そんな意味の分からない呼ばれ方をされなければいけないのか。すると小夢美は背後に気配を感じた。慌てて振り返ると、そこにはニコニコと笑う人の良さそうな少年がいた。

「っ…」
「やあ、君可愛いね!」

少年は小夢美の顔を見るや否や、そう言った。小夢美は突然のことにぽかんとしている。そしてすぐに眉をひそめた。

「何なんですか? 急に」

不審なものを見る目で小夢美は言う。少年はやはり笑っていた。

「何って、可愛いねって言っただけだろ? 面白いなあ。君名前は?」
「……薄墨、小夢美ですけど」
「こむみちゃん? 可愛い名前! じゃねこむみちゃん! またあとで!」

言って少年は去っていく。一体今のは何だったのだろう。

「大丈夫?」

すると後ろから声がして、小夢美は振り返った。背の高い明るそうな少女が立ってる。

「あ…はい」
「タメ語でいいよ。新入生でしょ? あたしもだから」
「あ、う、うん…」
「アイツ同じ中学だったんだけどさ、アダ名社交辞令なの」
「あ、アダ名が…?」
「そ。さっき言ってたこと全部社交辞令。口先だけ。そういう奴なの。口を開けば社交辞令ばっかり」
「……そんな人、いるの?」
「現にいるでしょ、あそこに」

少女は前を行く少年を示して言う。

「真に受けて傷付くの馬鹿みたいでしょ? だからアイツの言うことはハイハイって聞き流した方がいいよ」
「……分かった。ありがとう」
「いーえ。あ、あたし薄田木々子」
「え? あ、私はえっと…薄墨、小夢美」
「うすずみ? うすずみの“うす”ってもしかして薄い厚いの“薄”?」
「え? そうだけど…」
「じゃあ同じ字だ。薄田の“すすき”もその字」
「えっ、あ、そうなんだ…すすき…」
「まあ木々子でいいよ。みんなそう呼んでるし」
「うん、きぎこ…」

小夢美と木々子はクラス発表の掲示板まで共に歩いた。それぞれで自分の名前を探す。

「あっきぎこあった2組」
「マジで? あ、ホントだ。んっこむも一緒じゃん!」
「…こむ…?」

小夢美は思わず木々子を見た。

「ん? うん。こむみだから、こむ。ダメ?」

小夢美は一瞬ぽかんとする。人からアダ名で呼ばれたのは初めてだった。思いきり首を振る。

「全然! 大丈夫…」
「そう、よかった」

言って木々子は前に向き直る。また同じような3年間になるだろうと思っていた高校の初日に、友達ができた。それもあの社交辞令と呼ばれる少年に声をかけられたお陰だった。







教室に入り席に着いていると、何人かに声をかけられた。皆揃って「社交辞令に話しかけられてた子」と口にする。社交辞令と同じ中学出身の生徒は比較的多いようだ。席は五十音順のため、小夢美は廊下側の前から3番目、木々子は2列横の後ろから3番目の席だった。

「やっほー! いやーいいクラスだねー!」

そのとき教室の前のドアから、例の社交辞令が入ってきた。ざわざわしていた教室内がシンとなる。すると社交辞令が小夢美に視線を向けた。

「あ、こむみちゃん! やったー同じクラスだ!」

社交辞令は笑って言うが、小夢美は眉をひそめる。それが社交辞令だと知っているのだから、当然の反応だ。しかし社交辞令は大して気にも止めず、自分の席へ歩いていった。

「稗田中出身鳩笛迪尚、アダ名は社交辞令でーす! よろしくお願いしまーす!」

自己紹介で元気よく社交辞令ーー鳩笛迪尚というらしいーーは言う。自分で堂々と社交辞令と名乗る迪尚に、小夢美は開いた口が塞がらない。周りの生徒達もシンとしていた。しかし迪尚は全く気にしていない様子で着席する。その後も普通に自己紹介は続いた。



それから小夢美は数日迪尚を観察していたが、彼はとても異端だった。いじめられているわけでも、無視されているわけでもない。クラスメイト達も何か迪尚に用事があれば普通に話しかけるし、迪尚に話しかけられればそれなりの返答はしている。しかし迪尚の周りに作られた見えない隔たりを、誰も越えようとはしない。迪尚は基本的に口を開けば社交辞令ばかりだが、皆全く動じず流していた。迪尚はそういうものだと、皆が認識しているが故の対応だった。

「あ、小夢美ちゃんだー何してんの?」

入学式から2週間程経った頃。本を数冊抱えて歩いていた小夢美に、迪尚が話しかけてきた。小夢美は眉をひそめる。

「図書室に本返しにいくだけですけど」
「へーいっぱい借りたんだねぇ。勉強家だ」

迪尚は小夢美の持つ本を数えながら言った。小夢美は本をぎゅっと握り締める。迪尚を警戒していた。

「鳩笛くんこそ何してるんですか」

小夢美は眉をひそめたまま言う。対する迪尚はニコニコしていた。小夢美の知る限り、迪尚はずっとこの表情だが。

「え? 小夢美ちゃん俺に興味ある? 嬉しいなあ」
「別に形式的な質問ですけど」
「あちゃーばっさりだねぇ。傷付くなあ」
「鳩笛くんでも傷付くんですか?」
「うわーそれ言っちゃう? 小夢美ちゃん俺を何だと思ってるの?」
「……能天気」

小夢美は少し考えたあと、ぽつりとそう呟いた。迪尚の表情が一瞬変わる。しかしまたすぐに笑顔に戻った。

「びっくりした。社交辞令はよく言われるけど、能天気は初めてだー」
「…社交辞令って呼ばれるの、何とも思わないんですか?」
「うん? だって社交辞令ばっかり言ってることは事実だし?」
「だったら社交辞令ばっかり言わなきゃいいじゃないですか」
「やだなー小夢美ちゃん。俺から社交辞令取ったらホントにただの能天気だよ?」
「ただの能天気の方がマシです」

小夢美がはっきりと言い、迪尚は笑顔をとめた。初めて見る表情のない迪尚の顔に、小夢美も思わず眉をひそめるのをやめた。

「ホントにそう思う?」

そのままの顔で迪尚は言う。

「当たり前じゃないですか。鳩笛くんの社交辞令は本来の意味を失ってます。社交辞令ってのは相手を喜ばせるために吐く嘘でしょう? 貴方の社交辞令で喜ぶ人なんて誰もいませんよ」
「……」

迪尚はいつものように笑わない。ただ黙って、小夢美の持つ本の半分を取った。そしてそのまま歩き出す。

「えっちょっ…」
「重そうだったから、半分持つよ」

そう言って振り返った迪尚は、すっかりいつもの笑顔に戻っていた。





初日に木々子と親しくなった小夢美には、もう1人友達ができた。富森麻紗葵という、木々子と同じ中学出身の少女だった。麻紗葵は木々子よりも更に明るい、というよりはハイテンションな少女だった。そのノリは少し迪尚にも似ているが、勿論迪尚のように社交辞令ばかり言うわけではない。

「…鳩笛くんって何なんだろう」
「迪尚? アタシの元彼だよ?」

そんな麻紗葵がとんでもないことを言い出した。

「はっ…!? えっ? だ、誰が!?」
「アタシアタシ」

聞き間違いだと思った。しかし残念ながら、小夢美の耳は正常だったようだ。麻紗葵は笑いながら言う。同じ中学出身だから当然知っていたのだろう。木々子は驚かなかった。

「え、え、い、いつ…!?」
「中学のときだけど?」
「え、な、なんで? 社交辞令と??」

混乱しながら小夢美は言う。社交辞令ばかり口にする人間と付き合う人がいるとは。それも目の前に。

「いや、アイツアタシと付き合ってた頃は社交辞令じゃなかったのよ」

そこで麻紗葵は更に衝撃的な事を口にした。

「えっ元からじゃないの!?」
「んーん? アタシと付き合ってたのが中2の前半半年くらいでーアイツが社交辞令ばっか言うようになったのは中2の終わり頃だったかなー」
「一体何が…」
「さあ? あーでも、親の再婚は関係してると思うよ」
「親の再婚…?」
「そー。アイツんちお母さんが小さいとき死んでずっと片親だったのよ。けど再婚してさ、新しいお母さんができたわけ」

小夢美は黙る。知らなかった。まあ知っていても可笑しいが。しかしそれと社交辞令とどんな関係があるのだろう。ずっと片親だったところに突然新しい親ができるくらいなら、他でも聞く話だ。だが社交辞令ばかり言うようになるなんて聞いたことはない。他に何かあるのだろうか。

「妹も産まれたって聞いたけど」

木々子が言う。再婚したのが中2の時なら、少なくとも14歳は離れた妹だ。

「あーそうそう。亜湖子ちゃん」
「あここちゃん…可愛い名前」
「まあ想像だけどさ、親2人共亜湖子ちゃんにべったりなんじゃない? まだ赤ちゃんだし」
「2人の子だしねぇ」
「そう、なのかなあ…」

小夢美は呟く。突然家族に入ってきた女。その女と父親の間に産まれた妹が、亜湖子が、親の愛情を独り占めしていたら。しかしどうしてそれで社交辞令になるのか。小夢美にはやはり分からなかった。








「あ」

本を抱えて歩いていた小夢美は足を止めた。迪尚がいる。

「やっほー小夢美ちゃん。今日も重そうだねぇ」

ニコニコしながら迪尚は小夢美に近付いてくる。小夢美は避けようとしたが、両腕が塞がっているため思うようには動けず、結局また迪尚に本を奪われてしまった。

「何してたんですか、こんなところで」
「ん? 小夢美ちゃんがまた重そうな本抱えて通るんじゃないかと思って待ってた」
「…何ですかそれ」

小夢美はやはり眉をひそめる。信じられるわけがなかった。構わず迪尚は歩き出す。小夢美も後ろをついて歩き出した。

「そういえば鳩笛くん、中学のとき麻紗葵と付き合ってたんですね」
「は!?」

迪尚は勢いよく振り返って本を落としそうになり、慌ててバランスを取る。そしてそのままの体勢でゆっくりと振り返った。

「…何、富森が言ったの?」
「そうですけど…違うんですか?」
「いやそうだけどさ、はあ…何言いふらしてんだ富森の野郎…」
「嫌なんですか? 麻紗葵と付き合ってたこと知られるの」
「そりゃだって気になる子には知られたくないじゃん」

迪尚はぽつりと呟く。小夢美は目を見開いた。

「気になる子…? 麻紗葵のことまだ好きなんですか?」
「なんで!? 富森じゃないよ!」
「じゃあ木々子ですか?」
「だからなんで!? 違うよ小夢美ちゃんのこと! なんで自分の可能性を真っ先に考えないかなあもう」

言って迪尚は溜め息を吐く。小夢美は黙った。というか、何も言葉が出てこなかった。

「この前言ってたろ? ただの能天気の方がマシだ、俺の社交辞令で喜ぶ人なんて誰もいないって。アレ俺、あんなはっきり言われたの初めてでさ。ドキッとした」
「で、そのドキッとしたのを恋と勘違いしたと…?」
「小夢美ちゃん酷いな! そんなに俺信じらんない!?」
「信じられるわけないじゃないですか。鳩笛くん自分が何て呼ばれてるか知ってます? 社交辞令ですよ」
「……社交辞令って、悪口…?」

迪尚は表情のない顔で言う。小夢美は再び目を見開いた。まさか。

「誉め言葉だと、思ってたんですか…?」

小夢美が言うと、迪尚はやはり表情を失ったまま固まっていた。それは肯定の証だ。小夢美も言葉を失う。なんておめでたい人なんだ、そう思った。今まで自分は誉められていると思っていたのか。


 

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