小説6

□コントラクトエラー
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Magic Mirror...



−コントラクトエラー−



ゆっくりと目を開けた。

「ああ、戦風」

顔を覗き込んでいた男に呼びかける。

「俺のこと…知ってるの…?」

男が言った。女は眉をひそめる。

「何言ってるの? 自分の彼氏のこと知らないわけないじゃない。なんのジョーク?」
「あ、ああ…そうだよな…ホントに、ホントなんだ…」

男は呟いた。意味が分からない。彼は綾取戦風、女の彼氏だ。そして彼女は国木田真智子。何処にでもいる普通のOLだ。戦風とは同棲を始めて約2ヶ月。出会いは雨の日の合コンだった。帰りは土砂降りで、男性陣は傘もない。女性陣は店の前で文句ばかりだった。彼女も文句こそ言わなかったものの、どうせ人数合わせだったのだし、内心来なきゃよかったと思っていた。すると男性陣の中の1人が、彼女の頭に自分のジャケットを被せ、手を取って雨の中に飛び出したのだ。彼女は驚いて振り返る。そして更に驚いた。店先にはこちらを見ている男性陣4人と女性陣が3人。そう、男性陣が減っていない。じゃあこれは誰だ。やがてコンビニに辿り着いたところで、彼女はようやくその男の顔を確認した。近くのテーブルで同じく合コンをしていた男――それが戦風だった。








「気に入ってもらえたかしらぁ?」

アパートの階段の手すりの上、その少女は座っていた。ツインテールの黄色の髪に、フリルのたっぷりついたワンピースを着た少女。声をかけられる前からしっかりと視界に入っていた。

「彼女は…なんなんだ?」

戦風は少女に向かって言う。彼女はただ笑っている。

「おい」
「最初に言ったじゃない? 忘れたのぉ?」
「……」
「ま、アンタは彼女だと思ってればいいのよ。“設定”、それと“期限”だけは忘れないようにねぇ?」

少女はてすりから飛び降りると、戦風を見てニヤリと笑い、飛び去った。前回会ったときもそうだったがやはり信じ難い。飛び去った振りをして何処かに隠れているのではと辺りを捜すが、少女は見つからなかった。――戸部黄美奈。前回会ったとき彼女はそう名乗った。魔女、だと。勿論信じられなかったが、前述の通り飛び去り、尚且つそのあと起こった出来事を考えると、全く信じないというわけにもいかなかった。





「おかえり戦風!」

ドアが開く音が聞こえて、真智子は戦風を出迎える。

「ああ、ただいま」

真智子の方は見ずにそう言った戦風に、真智子はニッコリと笑い両手を差し出す。

「今日もお疲れ様♪」
「え?」

戦風は訳が分からないといったように呟いた。

「え? じゃないよカバン!」
「あ、ああ…」

頷いて戦風はカバンを真智子の手に乗せる。真智子はそれを持ち、嬉々として中へ歩き出した。戦風はやはり状況が飲み込めないという表情で真智子について歩く。ただ、夫婦みたいなやり取りがしてみたかっただけだった。

それから数日後のことだった。真智子が本屋で雑誌を立ち読みしていると、見るからにバカップルそうな男女が入ってきた。2人で真智子の後ろを通りすぎ、結婚情報誌を取ってレジへ向かう。2人は幸せそうに出ていった。

「…結婚、か」

本屋から出て歩きながら、真智子はぽつりと呟く。先程のような光景を見ると結婚したくなってしまう。果たして戦風は、真智子と結婚する気はあるのだろうか。

「それっぽい話題出たことないもんなあ…」

少し歩いて、近くのカフェに入る。きょろきょろと店内を見渡すと、見覚えのある人物が手を挙げた。

「緋鞠!」
「久しぶり真智子」
「ごめん早く着いたから本屋で時間潰してた」
「いいよ。今着いたとこだし」

真智子は彼女の向かいの席に座る。河竹緋鞠は真智子の大学時代の友人だ。近くまで来るというのでせっかくだからと久しぶりに会うことにしたのだった。

「もう注文した?」
「うん。コーヒー」
「えっコーヒー飲めるようになったんだ?」
「あれ、大学のときはまだ飲んでなかったっけ?」
「私の知る限りはこんな苦いの飲めないって言ってたよ」
「そうだっけ」

緋鞠が言うのを聞きながら、真智子はアイスティーを頼む。

「どう? 最近」

店員が去ったあと、緋鞠が訊ねてきた。

「どうって…まあ普通だよ。仕事も普通、プライベートも普通…かな」
「真智子彼氏いるって言ってたよね? まだ続いてんの?」
「うん。一応同棲もしてる」
「お、いいじゃん」
「でも彼は全然…その気なさげなの」
「その気って、結婚?」
「うん…」
「聞いたの? 彼に」
「直接聞いてはないけど…全く話題に出ないし」
「考えてはいるかもしれないじゃん。聞いてみたら? 話しないと進まないよ」
「うーん…そうだよねぇ…」
「真智子は結婚したいの? その彼と」
「…まあ、彼しかいないなとは思ってる」
「それも伝えてみたら?」

そこで店員が緋鞠のコーヒーを持ってくる。アイスティーはまだのようだ。飲み物だけなのだし、一緒に持ってきてくれてもいいのにと思う。緋鞠はそのままカップを口元へ運ぶ。

「えっブラック?」
「ん? そうだよ?」
「意外…人って変わるのね」
「何それ」

笑いながら、緋鞠はコーヒーを飲んだ。

「そういえば緋鞠は? 彼氏、いないの?」
「いないよ、私は」
「えーもったいない。結婚願望は? ないの?」
「ないわ。男なんていらない」
「でもそういうこと言ってる人が意外と先に結婚したりするのよねー」
「私はないよ。安心しなさい」
「言ったからね?」

2人笑っていると、ようやく真智子のアイスティーがくる。真智子はミルクを手に取った。

「ていうか私のことはいいのよ。真智子の話もっと聞かせなさいよ」
「えー? 話っていったって…のろけみたいになるけどいい?」
「そんな予感はしてるから大丈夫よ」











「…ん?」

部屋の掃除をしていて真智子がそれを見つけたのは、それから1週間が経った頃だった。テレビラックの後ろに何かが挟まっていたのだ。正直なところ、最初はエロ本か何かを戦風が隠していたのだと思った。しかしそれにしては薄い気がする。気になった真智子は、心の中で戦風に謝りながらそれに手を伸ばした。

「…?」

取り出したそれは、折り畳まれた箱だった。何故こんなところに…思いながら真智子は箱を表に返す。そして目を見開き、言葉を失った。

それは例えば、リカちゃん人形でも入っていたような箱だった。それはそれはファンシーな、小さい女の子が遊ぶような人形の。そんな物の箱がここにあることについては今はどうでもいい。問題はそこではない。

――その箱には、【国木田真智子】と書かれていた。

明らかにその人形の名前が書かれているはずの場所に。

「えっ…え?」

混乱しながら真智子は、箱を再度裏返し、説明書きを読む。【マジカルドールシリーズは、あなたが魔法をかけてあげることで目覚める、全く新しい人形です。魔法のかけ方は簡単! 彼女の髪の毛にキスをしてベッドに寝かせるだけ。30分後には人間と同じ大きさになり目を覚まします。彼女は髪に触れた唇からあなたの情報を読み取り、世界でたった1人のあなただけを愛する彼女になります。】真智子は思わず自分の髪に触れる。

「戦風…?」

そんなはずはない。自分にはちゃんと、産まれてから今まで生きてきた25年間の記憶がある。戦風と出会ったときのことだってはっきりと覚えている。これはきっと戦風が、私と同じ名前の人形だったから思わず買ってしまっただけなのだ。そう自分に言い聞かせ、真智子は箱をテレビラックの後ろに戻すことにした。しかし箱の中に、紙が1枚入っていることに気付いてしまう。見てはいけないと思いつつも、真智子は紙に手を伸ばした。

――ああ、やっぱり見なければよかった。

そこに記されていたのは、【国木田真智子】の年表だった。産まれた日からこれまでのこと。“あなた”との出会い、目を覚ます前までのこと。全てが真智子の記憶と一致していた。

『俺のこと…知ってるの…?』

3週間程前、目覚めたときに突然戦風がそう言ったのを思い出す。あれはそういうことだったんだ、と妙に納得してしまった。

「私の記憶は…」

それだけ呟いて、続きを声にするのをやめた。箱は元の位置に戻し、真智子は家を出た。






「ねぇ?」

真智子が家を出て歩いていると、突然横からそんな声がした。真智子はバッと声のした方を見る。ツインテールの黄色い髪にフリルのたっぷりついたワンピースを着た少女が、真智子のすぐ横の塀の上に座って足を揺らしていた。真智子は目を丸くする。こんな少女今までいなかった。いたら絶対に視界に入っているはずだ。真智子が言葉を失っていると、少女は笑った。

「アンタ、今すっごくショックを受けてるでしょ?」
「え…?」
「分かるのよぉ? あたしには全部見えてるの。あたしは魔女なんだから♪」
「魔、女…?」
「そ。魔女。だからあたしがそんなアンタに、1つ贈り物をしてあげる」
「え? 贈り物、って…」

何が起きているのかも分からず混乱する真智子をよそに、少女は左手を挙げ前方を指差す。真智子も少女の指の先に視線を移した。

「あの角を曲がったところに置いておくわ。優しくしてあげてね?」
「え?」

真智子は少女に視線を戻す。しかし少女がいたはずの場所には、もう誰もいなかった。

「え…!?」

真智子は辺りを見回す。少女以外の人影さえ見当たらなかった。そして少女が指差した方を見る。鼓動が速まるのを感じた。胸の辺りを押さえる。本当に自分は人形なんだろうか、と思う。だってこんなにドキドキしているのに。可笑しな話だ。

「……っ」

とりあえず、行くしかない。そう思った真智子は、ゆっくりと曲がり角まで歩く。そして恐る恐る壁の向こうを覗き込んだ。何かある。道に何か置かれている。真智子はそれに近付いていく。そして手に取り、目を見開いた。

「…っあ、」

それは箱だった。そう例えば、リカちゃん人形でも入っているような箱。それはそれはファンシーな、小さい女の子が遊ぶような人形の。ただしそこに入っているのは勿論リカちゃん人形ではない。その箱には、【細川香登紀】と書かれていた。明らかにその人形の名前が書かれているはずの場所に。

――私と同じだ。


 

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