小説6

□そしてアンタは歩幅を変える
1ページ/3ページ


「葉茶菓」
「ん?」
「別れよう」



そしてアンタは歩幅を変える



「高天原? 凄い名前」

入学式の日。最初に声をかけたのはあたしだった。

「よく言われる」

隣の席の男子はこちらを向いて悪戯っぽく笑った。

「下の名前はアキト?」
「そう。高天原彰人」
「へえ。下は普通ね」
「いいだろ下まで珍しくなくて。お前は?」
「え?」
「名前」
「ああ…名取葉茶菓」
「えっ? ハサカ?」
「そう」
「どういう字?」
「葉っぱの“葉”にお茶菓子」
「お茶菓子? …あ、お茶の“茶”に菓子の“菓”ってこと?」
「そう」
「へえ…お前は下が珍しいのな」
「よく言われる」

苗字が珍しい彰人と、名前が珍しいあたし。何故かそこで妙な親近感が湧いた。珍しい者同士、仲良くなれそうな気がしたのだ。それからは普通に、授業中喋ったり、忘れた物を補い合ったり、隣の席らしいことをした。“隣の席の人”。それ以上でもそれ以下でもなかった。
そんな関係が変わったのは、その1ヶ月後。

「はい、じゃあ移動してー」

なんのことはない、席替えが行われたのである。これで私達は“隣の席の人”からただの“クラスメイト”に変わった。それからは喋ることもなかった。

「高天原くんって結構カッコいいよねー」

友達の合方もなこ、常磐津香枝子と喋っていてそんな話になったのは、その数日後だった。

「え? そう?」
「いやカッコいいって! 茶菓隣の席のとき結構仲良さそうだったじゃん。アドレス聞いてないの?」
「…聞いてないけど」
「えーもったいなー」

そんなこと言われても、ただ偶然隣の席だっただけの人だし、別に興味があったわけでもないし。

「ねー聞いてきてよ!」
「えー何であたしが」
「仲良かったじゃん!」
「はあ!?」

理不尽だ。でもまあ、全く話したことがなければ確かに余計聞きにくいだろう。あたしは彰人の方へ歩いていった。

「アキト」
「おーどうした?」
「アドレス教えて」

あたしは携帯を差し出して言う。教室内がシンとなった。全員の視線が背中に刺さる。彰人は目を丸くしていた。

「お、おう…」

言って彰人は携帯を取り出す。クラスメイト達は黙ったまま、あたしと彰人のやり取りを見ていた。

「ありがとう」

交換を終えると、あたしはそれだけ言ってもなこと香枝子が待つ席へ戻る。2人は呆然としていた。あたしは立ち止まる。やはりクラス中がこちらを見ていた。何これ、あたし何でこんなに見られてんの?

「…っ茶菓、別に今じゃなくても…」

もなこが言う。すると黙っていたクラスメイト達が一斉に騒ぎ出した。

「名取大胆ー!」
「こんな大人数の前で告白かよ…!」
「勇気あるー!」
「は!? 何言ってんのアドレス聞いただけじゃん!」
「えっえっ高天原くん返事は?」

女子の1人がそう言い、クラス中が彰人に注目する。

「は? 返事って…」

彰人は目を泳がせて俯く。何よその反応。それじゃあまるで…

「きゃー! それってOK? OKなの?」
「わーカップル誕生じゃん!」
「おめでとー!」

案の定教室内は湧き上がった。否定する間も与えない騒ぎようだ。

「ちょっと! 違うって! おいお前ら!」

誰も話なんか聞いちゃいない。あたし達は2人顔を見合わせ、困ったように溜め息を吐いた。



それからあたし達はことあるごとに冷やかされるようになった。普段大して絡んでもいないのに、教室内で話をする度にカップルだの夫婦だのともてはやされるのだ。もなこに頼まれて聞いたアドレスも、結局のところもなこに教えていない。かといってあたしも別に用はないので、アドレスは使われず仕舞いだった。

“なんかごめんね。変なことになって”

あるときふと送ってみようという気になり、そう送ってみたことがある。夜家に帰ってからだ。

“まーいんじゃね? 否定してもムダな気するし。名取がよければ”

彰人からはそう返ってきた。

“まあイヤではないけど…”
“ならいんじゃね? 俺は別に気にしてないけど”
「…そんなもんか」

あたしは呟いて携帯を閉じた。
そんな日々にまた変化があったのは、それから1ヶ月後のことだった。休みの日にたまたま道端で会ったあたし達は、別れ道までの僅か数メートルを話しながら歩いた。そこをクラスの1人に目撃され、翌日クラス中の話題になったのだ。当然、デートをしていたと騒がれた。否定しても、隠さなくていいのにと笑われるだけだった。すると突然、彰人がバンッと机を叩いて立ち上がった。教室内がシンとなる。

「お前らうるせーよ!! デートだったらなんだよ!!」

交際宣言ともとれるその発言に、教室内は更なる歓声に包まれた。「やっぱりそうだったんだー!」という声も聞こえる。

「ちょっとアキト!?」

あたしが驚いていると、彰人は近付いてきてあたしの肩を抱いた。歓声は一層強くなる。何が起きているのか全く分からなかった。いつの間にか歓声は拍手に変わっている。彰人は満足そうに頷いたあと、「あとで」とだけ呟いて自分の席へ戻った。

“勝手なこと言ってごめん”

彰人からメールがきたのは、その夜のことだ。

“否定してもどうせ隠してるって言われるだけだし、付き合ってることにしといた方がみんなの熱も冷めやすいかと思ってさ”
「…なるほど」

確かにそうだ。みんなに内緒でコソコソ付き合っていると思われているから注目されるのだ。別にカップルはあたし達だけではない。他にも沢山いるのだ。堂々と付き合っていれば、あたし達は沢山いるカップルの中の1組だ。

“了解。んじゃ少しは喋るようにした方がいいかもね”

あたしはそう返した。その日から、あたしと彰人の恋人ごっこが始まった。別にクラスメイトの前で会話が増えただけで、学校外でどうこうはなかったけれど。それっぽく見えるように一緒に帰ったりもしてみた。けど本当にそれだけだった。そしてそのうち、別れたとか言って終わらせるつもりだった。だけどいつになっても、どちらも別れようとは言い出さなかった。そうやって一緒にいるうち、恋とはまた違う、不思議な絆のようなものを感じるようになっていた。それに気付いたのは10月も半ばに入った頃だった。彰人が体調不良で欠席し、久しぶりにもなこと香枝子と3人で帰ったのだ。友達との下校は楽しかったが、何だか少し物足りない気がしてしまった。何かが欠けているような。彰人に会えばそれが埋められる気がした。きっとあたしは、それを恋と錯覚したのだろう。あたしに必要な存在だと。周りにカップルだと思われ、カップルを演じる。そうしているうちに本当に自分達がカップルのような気がしてくるのだ。いつしかあたし達は、自然に手を繋ぐようになっていた。

「なー名取」
「ん?」
「俺らそろそろ付き合わねぇ?」

彰人からそう告げられたのは、それから2ヶ月後のクリスマス前のことだった。

「もう付き合ってんじゃないの?」
「えっマジか。知らなかった」
「あはは」
「じゃあクリスマス空けとけよ」
「了解」

このときあたしは初めて、彰人も同じように思っていたのだと知った。あたし達が付き合い始めたのは勿論この日だ。






「茶菓と高天原ってさ」

彰人と付き合い始めて2ヶ月が経った頃。もなこと香枝子と3人で喋っているとき、香枝子が言った。

「ガチで付き合ってんだよね?」
「…まぁ、付き合ってるけど」
「イチャイチャしたりするの?」
「は!?」

唐突にそんなことを言うのであたしは思わずそう叫んだ。

「何急に!」
「いや、仲は良さそうだけどラブラブって感じじゃないしさ」
「まぁそうだよねー。バレンタインのときも教室で堂々とチョコ渡して終わりだったし…」
「そりゃ人前で抱き合ったりキスしたりはしないでしょ」
「じゃあ2人きりのときはイチャイチャしてんのか!」
「いや2人きりのときも別にイチャイチャはしてないけど…」
「なんか淡白だよねー2人とも」
「そういう性格なんだよ」
「だろうね」

確かにあたし達は恋していた。毎日手を繋いで帰り、別れ際にキスをした。でもそのとき照れて頬を赤らめたり、はにかんだりはしなかった。淡白だと言われても仕方がない。

「葉茶菓ー」

そこへ彰人が教室の入り口から顔を覗かせる。

「どうした?」

あたしは彰人を見た。

「今日ちょっと帰り職員室寄ってくからさー先帰っててくんねー? あとで追いつくから」
「りょうかーい」

あたしは彰人に向かって手を振る。彰人はまた何処かへ歩いていった。その日の放課後あたしは、言われた通り先に学校を出た。あとで追いつくと言っていたので1人で帰る。しばらく歩いていると、後ろから足早に歩く音が聞こえてきた。すると背中を叩かれる。

「よっお待たせ」

言って彰人は歩く速度をあたしに合わせた。

「別に待ってはいないけど」
「まあ歩いてるしな」

あたしも背はそれ程低くはないが、歩幅は圧倒的に彰人の方が大きかった。10分早く学校を出たあたしに、早足で追いつける程度に。そしてあたしに追いつくと、歩幅を変えてあたしに合わせた。

「葉茶菓今度いつ休み?」
「何? 部活?」
「そ」
「……来週の火曜、かな」
「土曜は?」
「土曜…は休みじゃないけど、午前中だけ」
「なら午後ヒマ?」
「まあ、ヒマだけど」
「なら遊び行こうぜ」
「お? デートか」
「まあデートだな」
「いいよ、行こう」

あたし達は淡白だとよく言われた。でも実際のところ、素直でなかっただけなのだと思う。素直に甘えられない。素直に好きと言えない。たまに彰人が素直になかったかと思えば、あたしが茶化すように返す。逆もまた然り。イチャイチャなんてできないのも当然だった。
2年になってもあたし達は相変わらずだった。いつの間にかクラスメイトからの冷やかしもなくなり、2年になったばかりの頃は色々と質問もされたが、1週間も経てばそれもなくなった。ちなみにクラスは別だった。

「名取さんー高天原くんと別れる予定ない?」
「ない」

どうやら彰人はイケメンの部類に入るらしく、多数の女子が狙っていた。なんとファンクラブもあるらしい。あたしには理解できないが。そう言うと恐らくもったいない、じゃあ何で付き合ってんの!? と批難を浴びるだろう。だが本当にあたしには、彰人がファンクラブもできる程モテるようには見えないし、かといって別れる気は毛頭なかった。

「茶菓ーアンタもうちょっとさ、高天原との仲を見せつけといた方がいいんじゃない?」
「は?」

今年度も同じクラスだった香枝子が突然言い出す。ちなみにもなこは隣のクラスだった。

「ファンクラブ、どんどん人数増えてるらしいよ」
「…へえ」
「1年も高天原目当てでマネになる子増えてるって」
「ふぅん」



 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ