小説6

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「あんな子生まれてこなければ良かったのに」



FaKe.−フェイ−]


知っていた、そんな事。


欲しかっもの



「紹介する。此方が我が部隊の新たな指揮官だ」

黒松連は黒ノ国の戦部隊に所属していた。

「黒熊湊だ。宜しく頼む」

彼等戦部隊の前に立ち、小柄な女が言った。黒髪黒眼が当たり前の此の国では珍しい碧の瞳。先頭にいた連は、其の瞳に吸い込まれそうな気さえした。

「悪いが、部屋の整理の途中なのでな。此れで失礼する」

湊は其れだけ言うと直ぐに其の場を去っていく。隊員達は其の後ろ姿をポカンとして見ていた。

「…以上だ。解散!」

総隊長が隊員に告げる。隊員達は自室へと戻っていった。

「連」

総隊長に呼ばれ、連は総隊長を見る。

「はい」
「来い。湊指揮官に挨拶に行くぞ」
「え、良いんですか? 部屋の整理の邪魔では…」
「あーいや、恐らく…部屋の整理と云うのは嘘だ」

2人は指揮官室へ足を進めた。総隊長が扉を叩く。

「指揮官、総隊長の黒金です」
「ああ、入るが良い」

湊はあっさりとそう言った。総隊長――黒金柏は扉を開ける。柏の言った通り、湊は部屋の整理等していなかった。と云うより、部屋は既に綺麗に整頓されていた。湊は窓の傍に立っている。

「御挨拶に伺いました。戦部隊総隊長黒金柏と申します」
「…同じく、副隊長の黒松連と申します」

2人は共に頭を下げる。

「ああ、宜しく頼む」

湊が言う。感情の読めない表情だ。

「すまなかったな。ああ云う場ではどういった話をしたら良いのか分からんのだ。その辺りは其方達に任せる。私には専門外だ」
「承知致しました」
「湊指揮官」

連はほぼ無意識にそう呼んでいた。湊が連を見る。

「何だ?」
「…あ、いえ、すみません。何でもありません」
「そうか。ならば良い」

3人の間に沈黙が流れる。少しして、柏が口を開いた。

「今後はどのような方針でいかれるおつもりですか」
「ああ、今の処は特に変えるつもりは無い。前指揮官から引き継いだ通りだ。気になった点から少しずつ変えていく」
「そうですか。承知致しました」




連と柏は指揮官室を出て、長い廊下を歩く。

「連」

すると、長い間黙っていた柏が突然口を開いた。

「はい」
「お前、彼の女幾つに見える?」
「彼の女って…湊指揮官の事ですか」
「そうだ」
「…見た目だけだと、1…7、8と云った処でしょうか? 勿論、そんなに若い筈は無いと思いますが」
「ああ。確かに其れ程若い訳は無いが、其れ位に見えるのは事実だ。実際の処24、5だろう。だが其れでも、戦部隊指揮官等と云う地位に就くには若過ぎる。幾ら前指揮官の突然の退職の後釜とは云えな」
「…其れが?」

連は訊ねる。柏が何を言いたいのか分からなかった。

「彼の若さで戦部隊指揮官に就く為に、彼の女が今までに何をしてきたと思う? 恐らくは相当な努力と執念で此処まで上ってきた事だろうよ」
「……」
「彼の女、何かある」

柏ははっきりと、確信めいた口調で言った。連は何も言えない。

「お前、湊指揮官を見張っていろ」
「えっ…」
「怪しい動きがあれば直ぐに俺に報告しろ。良いな」

柏は其れだけ言い残して自室へ消えた。暫し其の場に立ち尽くした後、連も自室へと歩き出した。





其れから1ヶ月、湊は特に目立った動きを見せなかった。指揮官室に籠り書類と向き合うのみで、隊員の前には姿を見せない。通常指揮官が指揮を執るのは戦の場合で、普段の訓練の際は総隊長である柏が指示を出す。だから可笑しくはないのだが、前指揮官は時折訓練を視察していた。湊には其れもない。

「柏総隊長」

そんな或る日、久方振りに姿を見せた湊が柏を呼んだ。柏と連は湊を見る。

「少し良いか」

隊員達には其のまま訓練を続けておく様指示し、2人は湊について指揮官室へ向かった。

「御話とは何でしょう?」

扉が閉まるなり、柏が訊ねる。湊は机へ歩き、椅子に座った。

「少し旅をしてくる。留守は頼むぞ」
「旅、ですか…?」

湊は頷く。

「左様。情報に寄るとな、青ノ国の港に近々新たな武器が入る様なのだ。未だ此の国には無い武器がな」
「…其れで、指揮官が態々青ノ国へ出向いて、武器を調達してこようと云う事ですか」
「ああ、青ノ国の連中がそう簡単に武器を売ってくれる訳があるまいよ。少し頭も必要であろう」
「成程。そうでしょうな」

柏はちらりと連を見る。連は、柏が何を言わんとしているのか既に把握していた。

「湊指揮官」

そして口を開く。湊は連に視線を移した。

「何だ?」
「其の旅、御供致します」
「…御供? 何故唐突に其の様な事を」
「青ノ国迄の道中、何があるやも分かりません。私が御護り致します」
「…良かろう。1人で旅をしても詰まらぬしな。頼んだぞ」
「其れで、出発は何時…」
「明日だ」

連が言い終わる前に、湊は告げた。指揮官室を出ると、連は早速仕度の為に自室へ歩き出す。

「連」

すると柏が連を呼び止めた。連は足を止めて振り返る。

「良くやった。頼んだぞ」

其れだけ言い、柏は連の横を通り過ぎた。連は柏の後ろ姿を見送る。其れから自室へ戻り、旅仕度を済ませた。果たして本当に柏の言う通り、湊には企みがあるのだろうか。そんな事を考えながら眠りに就く。翌日、2人は青ノ国へ向けて出発した。

「連」

其れから暫くは、2人無言で歩いていた。黒ノ国の国境付近に差し掛かった頃、湊が漸く口を開く。

「はい」
「其方とは一度話をしてみたいと思うておった」
「……」
「柏総隊長に、私を見張るよう頼まれておるのだろう?」

連は一瞬目を見開き、直ぐに表情を戻す。

「いえ…其の様な事は…」
「連は嘘が下手だな」

そう言って湊は少し笑った。連は否定できない。

「…申し訳ありません」
「まあ良い。大方、若くして戦部隊指揮官等という地位に登り詰めたのには、何かただならぬ訳があると思うておるのだろう」
「……」
「どうだ? 図星か?」
「…御明察です」
「そうであろうな。然し残念だが、私は其方等が考えておる様な危険な企みは持っておらぬよ」
「危険な企みは、と云う事は危険で無い企みは御有りなのですか?」
「さあな」

湊は微笑って言った。連は立ち止まる。そして口を開いた。

「湊指揮官」
「湊で良い」

湊は立ち止まって振り返る。

「折角2人きりで旅をしておるのだ。道中は敬語も無しだ。良いな」
「はあ…では、湊」
「何だ?」
「湊の両親は、何方か緑ノ国の生まれ…なのか?」
「…いや?」
「では、先祖に何方か緑ノ国の出の方がいらっしゃるとか」
「何故そう思う?」
「いや、其の…碧眼と云うのは、黒ノ国では珍しいから…」
「そうだな。其方がそう思うのも無理からぬ事だ。此れは突然変異の様な物と思うてくれれば良い」
「突然変異…?」
「ああ。若しかすると其方の言う通り、先祖の誰かに緑ノ国の血を引く者がおるのかもしれんな」
「…そうか」
「連」

湊は連を呼ぶ。連は湊を見た。

「其方、緑ノ国をどう思う?」

連が返事をする前に、湊はそう問い掛けた。

「どう…と言われても」
「緑ノ国には貴重な資源が多くある。民も皆真面目で働き者だと聞く。緑ノ国の領地と民を獲られれば、我が黒ノ国は一層栄えるとは思わぬか?」
「…湊、緑ノ国に攻め入るつもりなのか?」
「ああ」

湊は躊躇なく答える。連は思わず息を飲んだ。

「彼の王の下にいては、緑ノ国の民は本来の能力を十分に発揮出来まい。彼の王では宝の持ち腐れだ」

連の方は見ずに湊は続けた。『彼の女、何かある』。連は柏が言っていた事を思い出す。何処がだ。湊は黒ノ国の繁栄を考えて行動しているではないか。そう思いふと湊を見た連は、目を見開いた。湊が一瞬、本当に一瞬だけ、憎悪の様な感情を含んだ瞳で空を見たのだ。だが其の一瞬で、連は察してしまった。黒ノ国の繁栄の為とは言っているが、恐らく湊が緑ノ国を攻めようとしている理由は他にある。そして其れは恐らく、一国の兵を動かす程の物では無い。其れを分かっているからこそ、湊は別の理由を付けて緑ノ国を攻めようとしているのだ。

「湊」

連は湊に呼び掛けた。湊が連を見る。

「なら、より多く武器を調達しないとな」

そう、連は笑い掛けた。

「ああ」

湊も答える。2人は再び歩き始めた。






「黒ノ国戦部隊指揮官黒熊湊だ。宜しく頼む」
「同じく、副隊長黒松連です」
「初めまして。青ノ国戦部隊指揮官青江至です」

青ノ国に着いた2人は、早速青坪城下へと向かった。青ノ国の戦部隊も此の一角にある。そして青ノ国戦部隊指揮官の青江至に会い、湊の交渉が始まった。湊と至の話し合いの最中、連は部屋の外で其の様子を眺めていた。湊は真剣な表情で交渉に当たっている。

「黒松殿」

横から声を掛けられ見ると、1人の男が立っていた。男は連に会釈をする。

「青ノ国戦部隊総長の青野閠だ」
「…どうも」

連も会釈を返す。閠は連へ向かってゆっくりと歩みを進めた。

「今回の話し合いは、双方に取って有意義な物となるだろう」

閠は連の傍まで来ると、話し合う2人を見ながら言う。

「と、申しますと?」
「現在の処、我々の利害は一致していると云う事だ。尤も、其方の指揮官に取っては全て計算の内だろう。出来れば敵に回したくないな」
「……」
「彼の女、何を企んでいる?」

2人の方を向いたまま、閠は柏とほぼ同じ事を言った。

「…さあ。指揮官が何を企んでいるか、はたまた何も企んでいないのか…私には分かりかねます」
「成程、其方も調査中と云う訳か。其れは簡単にはいかぬな」

其れだけ言うと、閠は連に背を向ける。

「然し彼の女…何処かで見た様な…」
「え?」
「いや、思い過ごしだろう」

独り言の様に呟き、閠はその場を去っていった。連は其れを眺めている。すると湊と至が部屋から出てきた。

「おう、連。終わったぞ」
「…ええ、其れで? どうなりました?」
「うむ。双方に取って良い結果だ」

其れだけ言い、湊と至は歩き出した。連は2人の後に着いていく。

「同盟だ」

歩きながら、湊は言った。

「同盟?」
「ああ。青ノ国と手を組む」
「…其の目的は?」
「緑ノ国の侵略だ」

至が口を挟む。連は目を見開き、湊を見た。閠の言葉が頭を過る。“其方の指揮官に取っては計算の内だろう”。湊は最初から此の為に、自ら青ノ国を訪ねたと云う事か。武器を手に入れ、青ノ国と同盟を結ぶ。そうして着々と緑ノ国を滅ぼす手筈を整えているのだ。


 

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