小説4
□告白
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サイト3周年&1万打記念企画で書いたものです
卒業してからも何度も会っていた。だから決して久しぶりという訳ではない。
「よお隆茂! 久しぶり!」
だからこれは最早定型文のようなものだった。
「ああ、久しぶり」
雪妖記−仲間と僕と恋人と−
大学近くのとある食堂。学生時代にも帰りによく行った。今回の待ち合わせ場所はここだった。
「隆茂ーお前全然変わってねぇな!」
ニヤニヤと笑いながら正一が言う。
「こんだけ頻繁に会ってりゃ変化も分かんねぇだろ」
「つーか正一も変わってねぇし」
創志が隆茂の横から付け足して言った。創志の前には苅馬、隆茂の前には頼子が既に座っている。「まあな」と笑って正一も席に着いた。誕生日席である。これで全員が揃った。
「今近況報告してたとこだけど」
苅馬が言う。
「正一は最近どうなの?」
「俺? 俺はまーいつも通りだよ」
「いつも通り、ねぇ…世界一の映画監督になるとかほざいてたクセに」
「うっせーな! 道のりは遠いってことだろ! 一歩一歩ゆっくり進んでんだよ!」
「まあまあ、今の夢は最終的に叶えばいいんだし。まして映画監督なんて結構年取ってから有名になるもんだし、いいんじゃないか?」
いつも通りではあるが言い合いに発展しそうだった頼子と正一を、これまたいつも通り苅馬がなだめた。
「だろ!? 流石苅馬! 分かってんなー」
「だからって夢ばっか見ててもダメだぞ。ちゃんと行動しないと」
「おう! ところで苅馬は? 大学院どうだよ」
「やっぱり院の方がより専門的だし、興味深いよ。今やってるのは先天性の病気がいかにし」
「はいストーップ」
苅馬が語り出す寸前で頼子が止める。医学関係の話になると苅馬は途端に饒舌になるのだ。それだけ好きだということなのだろうが。
「確か病気が起こる要因とか研究する研究室だったよな? えーっと誰だっけ浜…」
「濱砂研究室だよ」
「ああそうだ。濱砂だ」
「名前言われても顔分かんないけどね」
頼子が笑う。確かにそうだ。他の学部の教員なんてほとんど把握していない。
「今西は? 仕事どうなんだ?」
苅馬が頼子を見て訊ねる。
「え、あたし? 別に普通ー普通にOLやってるだけ」
「OLって似合わねー」
正一がニヤニヤしながら言い、頼子はガタッと立ち上がった。
「うっさいわね。似合わなくてもやってんだからしょうがないでしょ?」
顔をひくつかせながら頼子は低い声で言う。ギリギリのところでなんとか怒りを抑えているようだ。
「だってOLってオフィスレディだろ? お前レディじゃな」
「正一!!」
空気の読めない正一が言い、それを止めるように隆茂と創志が叫んだ。しかし時既に遅し。
「正一…」
頼子が更に低い声で呟く。正一の胸倉を掴んで。
「えっわっ悪かったって! んな怒んなよ!」
今更になって正一は抵抗するが、そんなものが頼子に通用するはずがない。他の3人は溜め息を吐いた。見て見ぬフリである。
「アンタ達相変わらずだねぇ」
そんな状況で正一に救いの手を差し伸べたのは、意外にも食堂のおばちゃんだった。カツ丼と唐揚げ定食の乗った盆を持って立っている。
「はあ!? お前らもう注文してたの!?」
「当たり前だろ。遅刻したお前のことなんか待ってられるか」
言いながら創志は唐揚げ定食を受け取る。
「はい、今西ちゃんはカツ丼ね」
おばちゃんは頼子の前にカツ丼を置く。頻繁に訪れては騒がしくしていたので、彼らの名前はすっかり覚えられていた。
「ありがとうおばちゃん」
「うわ、お前またカツ丼かよ。女っ気ねぇな」
「うっさいわね」
再び戻ってきたおばちゃんは、苅馬にアジフライ定食を渡した。
「はい、カルマくんアジフライね」
「ありがとうございます」
「苅馬は相変わらずの魚な」
「1人暮らしだと中々魚を食べないからな」
「だからってこういうとこで食うのがお前らしいよ。おばちゃんカツ丼!」
「はいはい。アンタも相変わらずね」
笑いながらおばちゃんは厨房に戻っていく。「あんた! カツ丼1つね!」と声が聞こえた。
「正一同じの頼んでんじゃないわよ!」
「いいだろ別に! カツ丼食いてぇんだよ!」
「ホント相変わらずだな、お前ら」
2人を見ながら創志が笑う。
「つーか隆茂は?」
突然思い出したように正一が言った。
「え? スタミナ丼」
「いや注文聞いたんじゃねぇよ。近況! そもそも今日はお前が呼び出したんだろ?」
その言葉に、全員の視線が隆茂に集まる。
「そういえばそうだったな。珍しく正一が正しい」
「おい苅馬、一言余計だぞ」
「どした隆茂? なんか報告?」
正一は無視して創志が訊ねる。
「報告っていうか…カミングアウト?」
「カミングアウト?」
正一が眉をひそめて聞き返す。
「結婚するんだ」
隆茂はなんでもないように言った。隆茂以外の4人が固まる。
「はい、スタミナ丼ね」
「あ、ありがとうございます」
そして普通に食べ始めた。
「っええええぇぇぇぇ!!?」
4人同時に叫ぶ。周りの視線が彼らに集まった。
「いやいやいやいや普通に食ってんじゃねぇよ! お前今スゲェこと言ったんだぞ!?」
「…そう?」
「そう? じゃねぇぇぇ!!!」
「おまっ相手は…」
苅馬がそこまで言って、4人は再び黙った。1人の人物が思い当たる。
「白菊ちゃん!?」
頼子以外の3人は再び同時に叫んだ。
「え、なんでお前ら知ってんの?」
ここでようやく隆茂は箸を止めた。
「正一と今西に聞いたんだよ」
苅馬が言う。
「えーあの!? 噂の白菊ちゃんと? 結婚かよ…」
「まさか隆茂が1番最初に結婚するなんてな…」
正一と創志はそう言って溜め息を吐いた。
「あれ、」
落ち着きを取り戻し食事を再開しようとした苅馬が、ふと思い出したように呟いた。
「でもそれ…カミングアウトっていうよりはやっぱり報告じゃないか?」
「言われてみれば…」
創志も言う。
「いや、今のは近況報告」
「つーことはこれからカミングアウトか?」
隆茂が頷いた。
「その、白菊のことなんだけど…」
そのとき隆茂と頼子以外の3人の頭に浮かんだのは、白菊の病気のことだった。苅馬は“強迫性神経障害”、正一と創志は“潔癖症のひどいやつ”という形で。
「実は白菊……雪女なんだ」
だからあまりに外れた言葉に、3人の思考は停止してしまった。隆茂がなんと言ったのか分からない。
「え…ごめん、何だって?」
聞き間違いだと自己暗示をかけつつ、苅馬が問う。
「雪女だよ。雪女」
ご丁寧に隆茂は2度も言ってくれた。雪女、と。ゆきおんな? 雪女? 雪女ってなんだっけ? 3人はパニックに陥っていた。
「ゆきおんな…? って何だ? 雪女? 雪の女?」
「雪の女ってなんだよ。まあ間違ってないけど」
「え、じゃあお前の彼女って雪!?」
「何がじゃあだよ! 雪じゃねぇよ!」
「雪女って…あの、妖怪の…?」
ようやく正常な思考回路を取り戻した苅馬がそう言った。
「いや妖怪じゃ…! あ、いや、妖怪…なのか」
「妖怪!? お前の彼女妖怪なの!?」
正一と創志は若干引いているようだった。苅馬は信じられないという目で隆茂を見ていた。
「…つーか隆茂、いい加減ホントのこと言えよ」
少しの沈黙のあと、正一が急に真剣な表情で言う。隆茂と頼子は正一の方を向いた。
「ホントのこと?」
「病気かなんかなんだろ? 白菊ちゃん。触れられないってなんか…潔癖症みたいな感じの…そんな雪女とか意味分かんねぇ嘘吐かなくてもさ、俺ら別に」
「嘘じゃないよ」
そう言ったのは、今までずっと黙っていた頼子だった。
「今西…?」
「隆くんは嘘なんて吐いてない。白菊は雪女だよ」
頼子はそう言い切ってご飯を口に運んだ。
「本気で言ってんの…?」
創志が言う。頼子は頷いた。
「そりゃああたしだって最初は信じらんなかったけど、会って接してみれば分かるよ。人間じゃないって」
「…じゃあ会わせろよ隆茂。俺らも直接見てみねぇと信じらんねぇし」
正一が言った。
「いや、アンタ会ったことあるじゃん」
頼子が呆れた顔で言った。
「そんな1回会っただけじゃ分かんねぇし! 覚えてねぇよ」
「まあそうかもね。会わせた方が早いと思うよ隆くん」
「うん…」
言いながら隆茂はチラッと食堂の入口を見る。
「何? 来てるの?」
苅馬が聞いた。
「いや、呼んであるんだけど…来ないなあ…」
その言葉に、全員が入口に注目した。すると絶妙なタイミングで誰かがひょこっと店の中を覗いた。真っ白な髪に雪色の肌、そして淡いピンクのワンピースを来た女。
「あっ白菊!」
隆茂は彼女に向かって手を振る。白菊は食堂の戸を開け中へ入ってきた。
「白っ!!」
創志と苅馬が言った。
「久しぶり白菊」
頼子が白菊に向かって言う。
「そうね久しぶりね。最近会っていなかったわ」
「どうしたの? 遅かったね」
今度は隆茂が訊ねる。
「少し道に迷ってしまったのよ。やっぱりこの辺りは分かり難いわ」
そして白菊は創志達の方を向いた。
「初めまして。奥入瀬白菊と申します」
白菊が深く頭を下げると、2人も姿勢を正した。
「あっ俺は片桐創志! 隆茂とは大学入ってからの友達で、今も同じ会社で働いてます!」
「俺は中溝苅馬。医科大学院生です」
「イカ大学、いんせい…?」
白菊の頭は訳の分からないことになっていた。
「大学院の学生だから大学院生、大学院は大学の上なんだ」