小説4

□拾捌
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「ねぇ、いつまで怒っているの?」
「…食べ物の恨みは怖いんだぞ!」
「その言葉懐かしいわ…」



拾捌


その後しばらくしてやっと機嫌を直してくれた隆茂と、隆茂の周りをうろうろしていた白菊は、再び屋台を回り始めた。白菊はかき氷で満足していたので、隆茂の食べたいものばかりが増える。

「君もなんか買いなよ。なんでも好きなのいいよ」

隆茂はすっかり機嫌を直したようで、白菊にそんなことを言いながらたこ焼きを買っていた。

「そんなこと言われてもねぇ…あ」

白菊は隆茂から視線を外し、周りの屋台を見た。そしてあるものが目に留まる。

「ねぇ、私あれが食べたいわ」

そう言って白菊が示したのは林檎飴の屋台だった。

「え、君甘いものばっかりじゃん」
「いいじゃない。食べたいのよ」
「まあ…いいけど」

隆茂と白菊は林檎飴の屋台へ向かい、林檎飴を2つ買った。

「何よ。貴方の分も買っているじゃない」
「僕はまだ甘いもの食べてないだろ!」
「分かってないなあ兄ちゃん。一緒に1つの飴を食べたかったに決まってんだろ、なあ嬢ちゃん?」
「え?」

屋台の男に言われたことの意味が分からず、白菊は返す。隆茂は再び顔を真っ赤にしていた。

「なっ…! っもう行こう!」

そして白菊を置いて行ってしまう。隆茂の手は塞がっているため、袖を握ることができなかったのだ。

「え、ちょっと待ってよ!」

白菊は隆茂のあとを追った。

「ねぇ、それは何処で食べるの?」

白菊が隆茂の持っている袋を指して言う。中にはいか焼き、焼きそば、フランクフルト、フライドポテトが入っている。

「んー家に帰って食べようかと思ってるんだけど…君はもういい? 帰っても」
「ええ、楽しかったわ」

2人は神社をあとにすることにした。

「あ、正一と今西じゃん。来てたんだ」

そして一番端の屋台で金魚すくいをしている正一と頼子を見つけた。2人はビクッとして振り返る。

「よ、よう! もう帰んのかよ」

正一はなるべく動揺を悟られないようにと気をつけるが、そんなことをせずとも恐らく隆茂は気付かないだろう。

「ああ。食べ物買ったから帰って食べようと思って」

隆茂は手に持った袋を持ち上げて言う。

「…家で?」

正一が言った。

「は? そうだけど」
「…あーなるほどな」

正一がニヤニヤし始める。何がなるほどなのか隆茂には全く分からない。すると正一が隆茂の首に腕を回して小声で言った。

「やるんだろ? 頑張れよ」
「は? 何言ってんだよそんなワケねぇだろ!?」
「あーでも避妊はちゃんとしろよ?」
「だからそんなことしねぇって! バカかお前」
「大丈夫だって! そしたら白菊ちゃんの病気だってよくなるから! な?」
「だから何なんだよこの間から病気って…」
「またまたー! 分かってるっつーの! 大丈夫、このことは俺とよ…今西と、苅馬と創志しか知らねえからさ! 心配すんな!」
「だから…」
「何を話しているの?」

振り返ると、後ろで白菊が微笑んでいた。隆茂は正一を突き飛ばす。

「何でもないよ! 行こっか」
「彼は大丈夫なの?」
「平気平気! 正一だから!」
「そうなの…?」
「じゃ!」

隆茂は白菊の袖を引き、正一と頼子に別れを告げて去っていく。

「ちょっとアンタ隆くんに何言ったの?」
「いや、ちょっと…」
「隆くんにアンタなんかと付き合ってるとか思われたらどうしよう…!」
「アイツ多分そんなこと意識して見てないから大丈夫だろ」

頼子は正一の頭を思い切り叩いた。




「さっきの彼…お友達?」
「…うん。一応、ね」

一応と言われた正一。不憫だ。

「…彼は今西さんのその…恋人、なの?」
「え? うーんどうだろ…幼馴染みとは聞いたけど、付き合ってるって話は聞いたことないなあ」
「幼馴染み…なのね」
「うん、らしいよ」

隆茂の部屋に着いた2人は、買ってきたものを机の上に広げた。

「いっぱい買ったわね。食べきれるの?」

白菊が机の上を見て言う。

「大丈夫だよ! 一緒に食べよう」
「いいの?」
「当たり前じゃん!」

そして2人で会話しながら、食べ物を消費することにした。

「あ、待って。その前に着替えたいわ」
「えー…せっかく可愛いのに、もったいないよー」

隆茂は残念そうにしている。

「そんなこと言われても…座りにくいんだもの、浴衣」
「えー…あ! そうだ、写真撮ろ!」

隆茂は思いついたように声をあげ、引き出しからデジタルカメラを取り出してきた。

「それ何?」
「何って…カメラ! 知らない?」
「え、それがカメラなの?」
「そうだよ?」
「随分小さいのね。私もっと大きな物しか知らないわ」

隆茂は眉をひそめた。

「…君がそのカメラを見たのはいつ頃?」
「ええと…100年は経っていないと思うけれど」
「それくらい昔ってことな…」

どうやら白菊が言っているのは、カメラができた頃のような大がかりなものらしかった。

「…進化したんだよ、カメラだって」
「凄いわね。カメラがこんなに小さくなっていたなんて」

白菊は素直に感動していた。

「まあいいから、撮るよ!」

隆茂はカメラを構える。

「貴方は写らないの?」
「え?」
「一緒に写りましょうよ」

白菊が笑う。隆茂は嬉しそうにカメラをセルフタイマーに設定し、白菊の隣に立つ。できるだけ近く、普通の恋人同士のような距離に。

「ちょっと、そんなに近寄ったら…」
「大丈夫だって、撮れたら離れるから!」

そうして撮れた写真を2人で見る。

「その場で確認できるのね…本当に凄いわ」

そこに写る2人は、今までで1番幸せそうな表情をしていた。

「君も見れるようにプリントして壁に貼っとくね!」

隆茂は本当に嬉しそうに座り直し、カメラは机に置く。

「着替えていいかしら」
「ああ、うん! 後ろ向いとく!」
「浴衣はどうしたらいいの?」
「そうだな…とりあえずクリーニングかな。それから今西に返すよ」
「私が返してもいいかしら?」
「え?」

隆茂は思わず振り返りそうになり、慌てて向き直った。

「直接返すべきだと思うの」

それには気付かず、白菊は自分のキャミソールを着ながら言う。

「うーん、まあ…いいけど…」
「くりーにんぐのあと私に渡してね」
「うん、わかった」

着替え終わった白菊は机の傍に座り、

「終わったわよ」

と言った。
隆茂がこちらを向く。

「じゃ、食べよっか」
「ええ」

隆茂はいか焼きに手を伸ばす。白菊はそんな隆茂を見ていた。それに気付いた隆茂が顔を上げる。

「どうかした?」
「…いいえ。あのね、素敵な思い出をありがとう。本当に、楽しかったわ」
「…どうしたの、改まって」

白菊は黙って微笑んだ。
白菊の位置からは、机に置かれたカメラの先程撮った画像が見えていた。



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