小説4

□拾陸
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夏は暑い。
けれど隆茂が冷房をつけてくれるので、隆茂の家までは我慢した。身を灼かれるような暑さだったけれど。


拾陸



「祭り行こう」
「まつ、り…?」

とても懐かしい響きだった。小さい頃は、山の麓の神社で行われる祭りによく遊びに行ったものだ。詳しく聞いてみると、神社で行われる伝統のある祭りらしい。あの祭りはまだ続いていたのだ、と少し嬉しくなった。

「…いいわね。私祭りは好きよ」
「ホント!? よかったぁ。じゃあ一緒に行こう!」

隆茂ははしゃいでいる。まるで子供のようだ。白菊は微笑んだ。

「嬉しそうね」
「だって嬉しいよ! 今までで1番デートらしいデートだ」

そう言われて考える。今まで2人がデートと言ってしたことといえば、家で会話したり、公園に行ったり、そんなものだ。確かに、祭りというのは今までで1番デートらしいように思えた。

「…そうね。楽しみだわ、でーと」
「うん! あっ、ねぇ浴衣持ってる?」
「浴衣…昔着ていたのが確かあるけれど、でも真っ白よ」
「…え、柄ないの!?」
「ええ、真っ白よ」

白菊はもう一度言う。隆茂は真っ白の浴衣を着た白菊を思い浮かべた。似合うが、それでは白装束のようだ。隆茂は溜め息を吐いた。

「…僕がなんとかするよ」
「ごめんなさいね。私白い服しか持っていないから…」
「いや、しょうがないよね! 雪女って言ったら真っ白だし! 普通普通!」
「……」
「…けど、白い服以外着ちゃいけないってワケじゃ…ないん、だよね…?」

隆茂は確認の為に訊いた。これで着ちゃいけないなんて言われたら泣きそうだ。白菊は頷いた。

「ええ。そんな決まりはないはずよ」

その言葉に隆茂は安堵する。

「よかったーじゃあさ、今度買いに行こうよ! 君に似合う服」
「私に、似合う…?」
「白以外だって似合うよ! 絶対!」

隆茂が微笑みかけるので、白菊は頬を染める。そして黙って頷いた。






「今西!」

隆茂から話しかけられることはほとんどなかった。だからそれだけで嬉しかった。

「何ー? どうしたの?」

頼子は平然を装って返事をする。

「今西さ、今度の祭り行く?」
「えっ?」

これは何だろう。何故隆茂はそんなことを訊くのだろうか。お誘いという期待が心に灯る。彼女がいると知っていても。

「多分行くよー一緒に行く人いないんだけどね」

笑いながら答える。

「そっかー…やっぱ浴衣着るよね?」
「そりゃあ着るよ! せっかくの祭りだし?」
「…2着持ってない? 浴衣」
「…え? 持ってるけどどうし…」

そこで頼子はようやく隆茂が言わんとしていることに気付いてしまった。隆茂は顔を綻ばせる。

「ホント!? 1着白菊に貸してくんないかな? 彼女浴衣持ってないらしくて…」

ああ、やっぱり。頼子は持っていると言ったことを早速後悔した。こんなに嬉しそうにしている隆茂を前にして、貸したくないなどと誰が言えようか。

「…うん。紺と水色、どっちがいい?」

頼子は引きつり笑いにならないよう頑張っていた。隆茂は全く気付いていない。

「うーん白菊はやっぱり淡い色の方が似合うよなあ…水色かな!」
「オッケー、じゃあ水色ね」
「サンキュー今西! よろしくね!」

去っていく隆茂の背中を見ながら、彼の頭はもう白菊で一杯なのだなと思った。





夏祭り当日。家にやってきた白菊に、隆茂は頼子から借りた浴衣を渡した。

「…綺麗な色ね。どうしたの?」
「今西に借りたんだ」

隆茂は自慢げに言う。白菊が気に入ってくれたのが嬉しかったようだ。

「…今西、さんに」
「着方分かる?」

隆茂が尋ねると、白菊はむっとした。

「分かるわ! 当たり前でしょう? 昔はいつも着ていたの!」
「あ、そうだったね…ごめん」
「心外だわ。私が何も知らないみたいじゃない」
「…ごめんって」
「…着替えるわ」

白菊は浴衣を机に置き、着ていたキャミソールを脱ぎ始めた。

「うおぁっ」

隆茂はよく分からない悲鳴をあげて後ろを向いた。

「…何をしているの?」
「何をって、見ないようにしてるに決まってんじゃん!!」
「…何故?」
「何故じゃないよ! そんなこと聞かないで!」

隆茂の耳が赤くなっているのが見えた。理由は分からない。

「?」

白菊は首を傾げながら浴衣に袖を通した。



「…着たわ」

それを合図に、隆茂は振り返る。そして想像以上の白菊の可愛さ(隆茂ビジョン)に声が出なかった。ただ、口をパクパクさせている。

「…白以外なんて生まれて初めて着たわ。どうかしら?」

まだ声が出なくて、隆茂は口をパクパクさせながら必死に頷いた。白菊は眉をひそめる。

「?」
「っ可愛い!」

やっとの思いで隆茂はそう言った。白菊は目を丸くする。そして笑い出した。

「貴方も素敵よ? その甚平」
「そう、かな?」
「ええ」

白菊が言うと、隆茂は嬉しそうにはにかんだ。

「じゃあ、行こっか」
「ええ」

そうして2人は隆茂の家を出、神社へ向かった。



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