小説4

□拾伍
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「…強迫性神経障害」

頼子は目を開いた。正一と創志も苅馬を見る。

「え、何?」



拾伍



「強迫性神経障害。…の一種に不潔強迫ってのがあって、潔癖症…みたいなもんかな。手とかの汚れが気になって、必要以上に手を洗ったり…周りのものに触れるのを極端に避けたがるんだ。勿論、触れられるのも」
「そんなのあんの…?」

頼子が呟くと、苅馬は頷いた。

「この間授業で習ったばかりだ」
「医学部すげぇ…」

そう呟いた創志は経済学部だ。

「…じゃあ白菊ちゃんはその…なんだっけ、潔癖症みたいなの…なわけ?」
「断定はできないけど、可能性は高いと思う」
「それって手も繋げないの?」

頼子が尋ね、苅馬は頷く。

「当然、それ以上なんて以ての外だし。繋げないけどどうしても繋ぎたいって考えた結果袖を握るってことになったんなら、俺は納得できる」
「…そうだな」

創志も同意した。

「ノースリーブは関係ないの?」
「それは…関係ないと思う」
「…隆くんは、なんで白菊を」

頼子が呟く。

「好きになったら、病気とか関係ないだろ」

創志が答えた。

「っでも、触れないんだよ!? そんなんで一体いつまで我慢できると思う!?」

頼子は声を荒げる。3人は黙った。

「……俺だったら、自信ねぇ」

少しして正一が呟く。創志も頷いていた。

「っなら、」
「でも、隆茂だよ?」

そう言ったのは、苅馬だった。頼子が苅馬を見る。

「…どういうことよ」
「隆茂がどういう奴か、今西が一番よく分かってるはずだと思うけど」
「……」

頼子は何も言えなかった。苅馬の言う通りだ。隆茂の性格はよく知っている。大学に入学したときからずっと好きだったのだから。しかしだからこそ、突然現れた白菊に盗られたくないという思いがあった。

「…あのさ苅馬、」

正一が言う。

「ん?」
「その病気…治らねぇの?」

正一はいつも一緒にいるメンバーでも滅多に見ないような深刻な顔をしていた。

「えーっと…一応、治療法、みたいなものはあるよ」
「ホントか!?」

正一が勢い余って身を乗り出す。苅馬はビクッとした。

「あ、ああ…」
「どうしたんだよ正一」

創志が代わりに尋ねる。

「いや…俺さっき隆茂にさ、ホントに付き合ってんの? とか訊いちまったんだよな…隆茂が遊ばれてんのか、ヘタレなのかどっちかだと思ってたし…だからホントに白菊ちゃんがそんな病気なら、酷いこと言ったよなと思ってさー…」

正一は落ち込んでいるようだった。幼馴染みの頼子でさえ今までに見たこともないような姿である。3人は明日は傘がいるだろうかと考えていた。

「あー、あ、で治療法…だけど」
「おう!」

正一が真剣な顔で苅馬を見る。明日は折り畳み傘を持ってこようと苅馬は本気で思っていた。

「ちょっと荒療治になるんだけど…行動療法の1つで…ERPってやつ。ERPってのはエクスポージャーと儀式妨害を組み合」
「医学部にしか通じなさそうな専門用語使われて文学部の俺が分かるわけねぇだろ。分かりやすく言え分かりやすく!」
「馬鹿の正一でも分かるように、ね」

頼子が付け足す。

「うるせぇ今西は黙ってろ!」
「あーはいはい。いいからいいから、中溝は続けて。コイツにも分かるようにね。…白菊に盗られるのは不満だけど、隆くんに辛そうな顔されるのはあたしも嫌だから」
「…ああ、うん。エクスポージャーってのは…恐れている不安や不快感が発生する状況に、その人を意図的にさらすことで…儀式妨害は、不安や不快感が発生しても、それを低減するための強迫行為をとらせないって方法で…それを組み合わせたのがERP。早い話、逆にその人が怖がってる状況に置いて、かつ逃げられないようにしてしまうって感じ…かな」
「…つまり、無理矢理やっちゃえばいいってことか!」

正一がとんでもない結論に達する。頼子が正一の頭を思い切り叩いた。

「アンタ最低!」
「ってぇよ! だってそういうことだろ!?」
「まあ間違ってはいないけど…それはちょっと乱暴な気がする」
「抱き締めるっていうのは? 逃げられないと思うけど」

創志が口を挟む。

「そんなもんじゃないかな。まあそれでも症状は和らぐけど、完全に治るって訳じゃないし…難しいんだよ。でも、手ぐらい普通に繋げるようには…なるかも」
「よっしゃ! まずは手だろ! 明日隆茂に教えちゃろ」

正一と創志は楽しそうにしている。2人が上手くいって欲しいと思っているのだ。しかし頼子は複雑な心境だった。隆茂が幸せだったら自分も嬉しい。でもその時傍にいるのは自分じゃない。頭の中の“どうして”は消えそうになかった。



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−翌日−
「隆茂! お前白菊ちゃん抱き締めろ!」
「は? 何言って…」
「いいからいいから! それで白菊ちゃんの病気もよくなるからさ! 苅馬が言ってんだ間違いねぇよ!」
「……いや、なんの話?」


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