小説4

□拾壱
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「デートしよう」

隆茂が唐突に言うので、白菊は思わずデートの意味を再び訊いてしまった。


拾壱



「もうしているじゃない」

デートの意味を再確認したあと、白菊はそう言った。今2人は隆茂の部屋でお喋りをしている。これも立派なデートだった。

「だーかーらそういう意味じゃないんだよ! 僕は君とどっか出かけたいの! 家でデートするんじゃなくてさ!」
「…出かけるの?」

隆茂は頷いたあと机に頭を伏せた。

「…だってせっかく付き合えたのに、これじゃ前と全然変わらないんだもん」
「でも、気持ちが違うでしょう?」
「そうだけど! 君と出かけたい。家で話すだけじゃなくて、もっと色んなことしたい」
「色んなこと…兎を追いかけたり?」
「なんでそうなるの!? 普通に散歩とかでいいじゃん! もしくは追いかけっこ!」
「追いかけっこは無理よ。私は貴方を捕まえられないし、貴方は私を捕まえられないもの」
「…そっか…」
「でも散歩ならいいわよ」

白菊が言うと、隆茂は勢いよく頭を上げた。

「ッホント!?」
「ええ。でも、貴方は私と歩いていいの?」
「…どういう事?」
「私と一緒に歩いていたら、それだけで貴方も変な人だと思われるわよ? 初めて今西さんと会った日に彼女が言ったように、私は“有り得ない”んだもの」
「そんなことない! …確かに今西とか大学の他の奴らも“変な子”とかって言ってたけどっ…僕はそうは思わないし…」
「それは貴方が私の正体を知っているからでしょう?」
「そうかもしれないけど! 僕は君と一緒にいることで変な奴だと思われたっていい。君と街を歩きたい。みんなに自慢してやりたい。これが僕の彼女だって」

白菊は頬を染める。

「……彼女」

隆茂は頷いた。

「彼女」
「私を自慢してくれるの?」
「当たり前じゃん! 君は自慢の彼女だよ」

そう言われただけで、胸が温かくなった。

「…素敵ね」

白菊は微笑んだ。

「行こう? 映画とか、そういう公共の施設には行けないかもしれないけど、場所なんて何処だっていいんだ。僕は君と並んで歩きたいだけなんだから」
「…ええ」

隆茂が立ち上がり、次いで白菊も立ち上がる。白菊を見ると、彼女はにっこり笑んで首を傾げた。隆茂の頬が染まる。

「あーもう可愛い!」

叫んで玄関へ向かった。

「ええ?」

白菊は訳が分からないままに隆茂を追った。
外に出ると、冷たい北風が隆茂に刺さる。白菊にとってはただの涼しい風だった。これほど感覚に差のあるカップルはこの2人をおいて他にはいないだろう。

「寒っ」

隆茂は身を縮めた。

「これを着る?」

白菊が自分の着ているパーカーを示して言う。

「っええ!? それあんまりあったかくないからあげたんだって! しかも君それ脱いだら下着でしょ!?」
「下着…?」
「え、まさか着てないの!? ちょっ、ホントやめて! 僕だって一応男なんだからね!」
「え? 一応も何も貴方は男だわ」
「あーとにかくダメ!! 絶ッッ対脱がないで!!」
「え、ええ…」

白菊には隆茂が何故そんなに慌てているのか分からなかった。隆茂はさっさと歩いて行ってしまう。

「え、待って! 並んで歩きたいと言ったじゃない!」

後ろから言われ、隆茂は立ち止まった。白菊が追いつく。隆茂の顔を覗き込むと、信じられないほど真っ赤に染まっていた。

「どうしたの? 顔が真っ赤よ? 何処か悪いの? でーとは今日はやめておく?」
「……いや、行く」

隆茂は白菊から目を反らしたまま歩き出した。白菊はついて行く。少しの間、2人黙ったまま歩いていた。
ようやく冷静さを取り戻してきた隆茂がチラッと白菊を見ると、白菊は右手からパーカーを脱ごうとしていた。

「ちょっ、何してんの!? やめてって…」

白菊は顔を上げる。

「えっ? あ、違うのよ! その、先程…ね」
「?」
「恋人同士のような人達が歩いていて…その、手を…繋いで」
「手を…」
「それで、私も繋ぎたいと思ったのだけれど、それはできないから…どうしたらいいかしらと考えていて…」

白菊はパーカーを脱ぎかけた右腕を差し出した。

「その…袖を」
「袖?」
「握って…もらえないかしら?」

白菊は上目遣いで隆茂を見る。隆茂の顔は再び一気に赤くなった。

「あ、う、うん!」

隆茂が白菊の差し出した袖を握る。繋いでいるわけではない。けれど繋がっている。そのことに、抱えきれないほどの満足感があった。
2人は互いに目を背け、頬を染めたまま歩く。見ている方が恥ずかしくなるような初々しさだった。

「何処…行こっか」
「何処…でもいいわ」
「じゃっ、じゃあ、公園とかに、する…?」
「こーえん…?」
「公園知らない?」
「…ええ。でも、行ってみるわ」
「うん」

それきり2人は黙って、ただただ公園への道のりを歩いた。
寒さのせいか、公園には誰もいなかった。

「よかった。誰もいないね」

隆茂は言う。

「…よかったの?」
「よかったでしょ? ちょっとくらい凍らせてもバレないよ」

白菊が首を傾げると、隆茂は楽しそうに笑った。

「…何よそれ」

白菊も笑った。
隆茂に引っ張られてブランコへ向かう。

「これは?」
「ブランコ。座って、漕いで遊ぶんだよ。まあ立っても漕げるけど」
「ぶらんこ…」

隆茂は白菊の袖を離し、ブランコに座った。

「おいで」

そして隣のブランコに座るよう手招きする。ブランコに近づいて、白菊も座った。

「ちゃんと横の鎖握ってね」

隆茂に言われて、白菊は鎖を握る。

「触れても大丈夫かしら?」
「え、それ握ってから訊く? 大丈夫だよ。そんな壊れやすいもんでもないし」

隆茂は笑いながら答えた。そしてブランコを漕ぎ始める。白菊はその様子をじっと見ていた。

「やってみなよ! すっげー寒いけど、君なら涼しいハズだよ!」

隆茂が笑いかけるので白菊も前を向いてブランコを漕ぎ始めた。隆茂の言う通り、風が当たって涼しい。

「本当だわ。涼しい」

白菊は隆茂に笑いかけた。それを見て隆茂は頬を染める。そして前を向いて、

「好きだーっ!!」

と思い切り叫んだ。白菊は目を丸くする。

「ちょっと、貴方何を叫んでるの!? やめてよ恥ずかしいわ!」
「だってだって好きなんだ! 好きなんだよ…」
「…でも、近所の人間達に聞こえるわ」
「聞こえたっていいよ! 僕は君が好きなんだから!」

叫んだって足りない。声に出さないと収まりきらない。そんな恥ずかしいことを隆茂は言う。一度好きだと自覚してしまえば、あとは加速する一方だ。それは白菊も同じだった。今まで何百年と生きてきて、こんな気持ちになったことがあっただろうか。


「私も貴方が好きよ!」

ブランコを漕ぎながら、白菊は叫んだ。



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