小説4
□長い時間
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※真ん中(中2の部分)は実話を少し変えたもの、あとは妄想です。
「次お待ちの方どうぞー」
千鳥格子の制服を纏い、浜崎卯女美は待合席を見た。
一番端に座っていた男が立ち上がる。男は卯女美の前まで来ると、
「新しい車を買ったんですが…」
と言った。
「新車の登録ですね? ではこの用紙に必要事項をご記入いただけますか?」
卯女美は手際よく登録用紙とボールペンを差し出した。
男はそれを受け取り、記入を始める。
「あの、浜崎さん、」
男が用紙を記入しながら言った。
「え?」
卯女美は驚いた。
この仕事に就いて4ヶ月半。制服に付いている【浜崎】というネームプレートを見て、馴れ馴れしく話しかけてくる人間は、今までに何人かいた。でも今のは。
知っているだけであまり喋らないクラスメイトに話しかけるかのような、
付き合い始めたばかりの彼女に呼びかけるかのような、
僅か2ヶ月だけ付き合って別れた元カノに声をかけるかのような、
懐かしくて切ない、今の声音は――…
卯女美は顔を上げて、目の前の男を見た。
あの頃の面影を残したまま大人になった、元カレを。
それは今から6年前、中学2年のことだった。
長い時間
この年の春、2年生に進級したばかりの卯女美には、はっきり言って友達がいなかった。
そんなとき、前の席の田之上小枝が振り返って声をかけてくれた。授業中や休み時間、小枝は積極的に話しかけてくれ、小枝の友達である歌野美喜子や皆川京香とも喋るようになった。
そして5月、2年生にとってのメインイベントである修学旅行の準備が始まった。グループ分けの際、卯女美は小枝達のグループに入った。メンバーは班長の小枝、学習係兼美化係の美喜子、副班長の京香、そして入るグループがなくて人数の少ないところに入れられた保健係の尾坂明美。卯女美は学習係になった。
「じゃあ学習係になった人は今日の昼休み学年室に来てー」
担任の藤川沙英が言う。
「えー…だる」
卯女美は呟いた。
「頑張れー」
「いってらっしゃーい」
そう言って卯女美と美喜子の肩を叩く小枝と京香にはあくまで他人事だ。
昼休み。クラス毎に固まった学習係に、学習係担当の教師安藤すみれが告げた。
「えーっと、今年の『修学旅行のしおり』は気合い入れていきます」
意味が分からなくて、全員沈黙した。安藤が続ける。
「部屋割りやスケジュールなどの部分と学習編に分けて、学習係にはその学習編に載せる資料を作ってもらいます」
「え、資料って?」
「全員で行く見学地について事前に調べてもらいます。全員で行くのは…法隆寺、東大寺、大阪城、未来防災センター、中央水族館、セントラルシアター、それからファンタジーパークだから、各クラス1人か2人ぐらいずつで調べればいいよ」
――いいよじゃねえよ…
卯女美は密かに思っていた。
「じゃ、各クラスで分担してー」
安藤のその声を合図に、全員がクラスの学習係の方を向く。
1班は垂石一彦、2班は甲斐翔檎と前園裕敬、3班は猿飛健蔵、4班は軽久周人、5班は東山香澄、6班は卯女美と美喜子だった。
「えーっと、どうする…?」
健蔵が言った。
「…分かれるか。なんか調べたいとこある人いる?」
周人が全員を見たが、“調べたいとこ”なんてあるハズがない。
「あっじゃああたし法隆寺調べるよ!」
沈黙を破って卯女美は言った。
「マジ? じゃあ浜崎さん法隆寺で!」
「あーじゃあ俺東大寺するわ」
卯女美の発言をきっかけにしたように、裕敬が手を挙げる。そして次々決まっていった。
「あー言い忘れてたんだけど、見学地に行くバスの中でやるクイズも作ってねー」
「はい!?」
「ちょっ…早く言えよー!」
そして資料提出締め切りの日。学習係は再び学年室に集まった。自分が調べたものを提出して学年室をあとにしていく。
「ねぇねぇ」
クイズ担当になっている卯女美と美喜子は、同じくクイズ担当である翔檎と裕敬に声をかけた。
「ん?」
「クイズどうする?」
「あぁ! どうしようね」
翔檎は忘れていたかのように言った。
そしてそのまま、2人共喋らなかった。
「うーん」
卯女美が考えているような素振りをする。
正直美喜子と裕敬の目から見て、卯女美と翔檎では話がまとまりそうになかった。
「分担、する?」
堪り兼ねた裕敬が言った。
「分担…ああ、そうだね。じゃあ甲斐くんが法隆寺で、浜崎さんは東大寺、うちは大阪城と防災センターやるから、前園は水族館とセントラルシアター、ってのは?」
「えっ何、もう一回言って」
卯女美は美喜子を促す。美喜子は再度繰り返した。
「あーじゃあそれでいく?」
自分が2ヶ所なのが気に入らないようだったが、裕敬は言った。
「そ、それで、いい?」
翔檎は目の前の卯女美に言う。
「うん」
卯女美は頷いた。
完成した資料を使ってしおりを作るのは、それから数日後。