小説4

□junkie・愛が足りない
1ページ/2ページ



junkie・愛が足ない


その女は、夜の街を1人歩いていた。
時折風俗店員に声をかけられたが、無視して歩き続けた。
行くアテなどなかった。意味などなかった。ただ歩いていただけだ。




「そこのお嬢さん」

公園のベンチに1人で座っていたところ、男に話しかけられた。
女は顔を上げる。

「隣、座ってもいいですか?」

男は缶コーヒーを両手に1つずつ握っていた。

「…どうぞ」
「どうも」

男はにっこりと笑って女の左側に座った。
そして右手に持っていた缶コーヒーを、女の前に差し出して言った。

「コーヒー、飲めます?」

女は男の顔をチラリと見、「どうも」と受け取った。
カチッと、男が左手の缶コーヒーを開けた。
そして一口飲んで、

「お名前は?」

と言った。

「フルサキキズナ、『古』いに花が咲く方の『咲』、つくる方の創造の『創』に奈良の『奈』」
「創奈さん、か…いい名前だ。僕はヤライシンイチロウ。夜が来るで『夜来』、土扁に申すで『坤』、あとは極一般的な『一郎』」
「その字シンなんて読んだかしら」
「細かい事言わないで下さいよ。文句があるなら親にどうぞ」
「文句はないわ。小言ならあるけれど」

女――創奈はそう言ってコーヒーを飲んだ。

「言いますね」

男――坤一郎もコーヒーを飲んだ。




会話で分かる通りこの2人、初対面である。
しかしまるでそれが当然であるかのように、坤一郎は創奈の横に座ったのだ。
待ち合わせでもしていたかのように。
そして2人ともそれに、全く疑問を感じなかった。




「おいくつですか?」
「24よ」
「そうですか。お美しいですね」
「嘘ね」
「…分かりますか。ちなみに僕は22です」
「年下なのね、坤一郎は」
「そのようですね、創奈さん」

缶コーヒーを飲み終えたらしく、坤一郎は立ち上がり、数メートル先のごみ箱へ投げる。缶はカラン、と音を立て、ごみ箱へ消えた。

「では、僕はこれで」
「ええ、さようなら」

当たり前のように、坤一郎は挨拶をして去っていった。
当然、次会う約束などしていない。
創奈も当たり前のように見送り、そのあとで缶をごみ箱に捨てて公園をあとにした。






翌日も創奈は公園にいた。
両の手に缶コーヒーを持ち、ただベンチに座っていた。
来るとも来ないとも思わないが、それが当たり前であるかのように座っていた。
やがて、下を向いていた創奈の視界に、人の足が映った。

「遅くなってしまいました。随分と待たれましたか?」

ベンチに座っている創奈に、坤一郎は当たり前のように言った。

「ええ、軽く1時間は待ったわ」
「それはすみませんでした」

そして坤一郎は当たり前のように創奈の右隣に座った。

「どうぞ」

坤一郎が座ったところで、創奈は右手に持っていた缶コーヒーを差し出した。

「ありがとうございます」

坤一郎も自然にそれを受け取る。
一口飲んで、言った。

「コーヒーはやっぱりブラックですよね」
「当然よ。他は邪道だわ」
「そのとおりです。やっぱり僕達気が合いますね」
「そうね」
「付き合ってみますか?」
「え?」

創奈は坤一郎を見た。
殆んどの間横にいたので、顔をよく見ていなかった。
端正な顔立ちに切れ長の瞳。がっしりとした男らしい体型。
長い睫毛だけが、妙に色っぽかった。
見た目は申し分ない。性格もよさそうだ。
しかし。

「冗談はやめてよ。本当はそんな気これっぽっちもないんでしょう?」
「…分かりましたか」
「年上をからかうものじゃないわ」
「からかってなんかいないですよ。僕はこういう性分でして」
「嘘吐き?」
「いえ」
「本当に嘘吐きね」
「創奈さんは、」

坤一郎は創奈の目を見た。

「嘘が分かるんですか?」

創奈も坤一郎の目を見て答えた。

「ええ」
「…そうですか。やっぱり」
「この世の中は嘘だらけだわ」

創奈は真っ直ぐに前を見た。
坤一郎もその視線を追った。
公園の外の夜の街を行き交う人々が見える。

「知っている? あの人々の中に、嘘を吐いたことがない人は1人もいないのよ」
「貴女は、嘘を吐いたことがないのですか?」
「勿論、あるわ。私はいつも、自分に嘘を吐いている」
「僕もそうです」
「警察に嘘を吐いたこともあるわ」
「警察に? それはどういうことです?」

坤一郎は再び創奈を見た。
創奈は正面を向いたまま言う。

「驚く? 私は自分の家族を殺したの」

そう言った創奈の口元は、わずかに笑んでいた。

「…え?」
「尤も私は、家族だと思ったことはなかったけれど。私は4人家族だった。父親と母親と姉がいたわ」
「どうして、殺したんですか?」
「父親は大手企業の上役だったの。ずっと横領を隠していたわ。母親は世間体ばかり気にしていた。いつも他人にはイイ顔をしていたの。姉は浮気を繰り返していた。大して好きでもないクセに、1度に何人もの男と付き合って、バレて男達に責められれば、泣き真似をして場を切り抜けていたわ。そしてまた同じことを繰り返していたの」
「それは…」
「変なハナシでしょう? 嘘が見える女の家族が全員大嘘吐きなのよ」
「……」
「嘘まみれの人間達にはもうウンザリだった。だから、壊してやったの」
「いつ、ですか?」
「そうね…18のときだから…もう6年前になるわね」

6年前。
確かに、“一家殺傷事件”があった気がする。全国的に報道され、一時期話題になったニュースだ。死んだのは父親と母親と当時20歳の長女。当時18歳だった次女は重傷だったが助かり、犯人は…――

「捕まったん、ですか?」
「いいえ。嘘を吐いたから」

――…未だに、捕まっていない。

「どんな、嘘を…?」
「卒業式の夜だったわ。父親が仕事から帰ってくる少し前を狙ってまず、台所の包丁で母親をメッタ刺しにした。次に母親の悲鳴を聞きつけて2階から下りてきた姉を階段で刺した。そして丁度良いタイミングで帰ってきた父親を玄関で刺した。最後にトイレの近くで自分を刺して終わり」
「何故、トイレの近くで?」
「私が一番最後に刺された理由を作るため。包丁が私の近くに落ちていたら、私が一番最後ってことになるでしょう? その時トイレから出てきたところだったことにしたのよ」
「成程…」
「奴らは全員急所を刺してやったわ。そして自分はギリギリ急所を外れたところ。そうすれば“奇跡”扱いでしょう?」
「確かに」
「あとは悲鳴を聞いた近所の人が警察と救急車を呼んだわ。唯一助かった私は勿論警察の事情聴取を受ける」
「その時、嘘を吐いたんですね」
「そうよ。母親の悲鳴が聞こえたけど、トイレにいたから、出られなかった。姉が階段を下りてくる音がしてそのあと悲鳴が聞こえた。そして玄関が開く音がして、出ていったのかと思って水を流したら、父親の悲鳴が聞こえた。水を流したことを後悔しながら、どっちにしろもう助からないと思って恐る恐るドアを開けたら、男に刺された。顔は覚えていない。…こんな感じかしら」
「でも包丁は創奈さんの家のものですよね?」
「そうよ。警察にもビニール袋に入った包丁を見せられて、見覚えがあるかと聞かれたわ。私は家のものと同じだと正直に答えてやった。でも私はトイレにいたから、“何故家の包丁を使ったのかは知らない”わ」
「都合の悪いことは“知らない”か…確かに、トイレというのは中々のアイデアでしたね」
「でしょう? ついでに、鍵は開いていたのだと思う。トイレに行く前は私が包丁を使っていた。これで完璧。私の指紋が付いてることは問題ないわ」
「母親は?」
「母親はリビングでテレビを観ていたの。その日は私が料理をする日だったのよ。私が包丁を置いてトイレにいっている間に犯人が家に侵入して、包丁を握ったところで母親は台所に入ってきたんだと思う」
「警察にそう言ったんですね」
「そうよ。本当は母親は台所で料理をしていた。ウチには料理を交替でする習慣なんてなかったもの。私は手伝うとか言って台所に入っていって、『キャベツを切って』と包丁を渡してきた母親を刺したのよ」
「最後に自分を刺したのは何故です? 犯人が出ていくまでずっとトイレにいたことにすればよかったのでは?」
「そうするのが一番自然だと思ったからよ。トイレにいて無傷で助かるなんて、そんなハナシないと思ったし、もう誰かが警察を呼んでいるだろうと思ったし」
「…そうですか」
「あまり驚かないのね」
「創奈さんはその話を僕にして、僕が他人に話すとは思わないんですか?」
「思わないわ。だって貴方のその言葉は嘘だもの」
「創奈さんには嘘も吐けませんね」
「でも嘘吐きは、正直者より信用できるわ」
「そうでしょうか」
「ええ」

そう言うと、創奈は立ち上がった。正面に歩いていき、空になったコーヒーの缶をごみ箱に捨てる。そして振り返った。

「坤一郎は夜しか出歩かないの?」
「ええ」

坤一郎も立ち上がった。その場から空き缶を投げる。創奈の横のごみ箱に、綺麗に入った。

「私と同じね。私も夜しか出歩かないわ」
「犯罪者だからですか?」
「ええ、それもあるわ」
「他には?」

創奈は空を見上げた。
夜空には月が輝いている。


「太陽は、私には眩しすぎるから」


坤一郎も空を見上げ、言った。

「同じです」
「何?」
「僕にも、太陽は眩しすぎる」
「坤一郎は犯罪者じゃないでしょう?」
「違います。けど、嘘吐きだから」
「そうね。嘘吐きね」

視線を坤一郎に戻し、創奈は言った。

「帰るわ」
「そうですね。僕も帰ります」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

そしてまた約束もせず、2人は別れた。



 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ