小説4
□後
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「あーあたしに隠れちゃってたのかなぁ? あのコ背が低いから…あのねっ木村夏夜っていうあたしの親友なんだけど…たぶん河野が言ってるその彼氏っていうのは…雪本蒼の事だと思うんだけど。蒼は…夏夜の彼氏なの」
「ええ??」
怜の顔が更に引きつった。
「蒼は野球部なのね。夏夜は蒼が野球部に入ったから、マネージャーになったの。あたしは野球が好きで、中学の頃からマネになりたいと思ってたから、夏夜が入ってきた時には既に居たわけ。そんで話とかする内に夏夜と仲良くなって、夏夜の彼氏である蒼とも自然に仲良くなったんよ。河野がその日見たのは3人で話しながら野球部の部室に向かってるうちらだね。あたしが手前で、奥に蒼が居たでしょ? もっとよく見れば気付いたのに…実はあたしと蒼の間に夏夜が居たんだよ。あたしと蒼も仲良くなったんだけどさ、2人が隣になるのは夏夜が許さないんだよ。というのも夏夜ね、中学の頃自分と彼氏と友達と3人仲良くしてて、友達に彼氏取られちゃった事があるんだって。だからあたしと蒼が仲良くなっても、それ以上にはならないように何時も夏夜は真ん中なの。あたしは大丈夫だって言ったんだけどね…好きな人居るからって」
話は全て終わったようだ。桃李はそのまま黙った。怜は只、呆然としていた。無理もない。ここ数日、散々悩んだり苦しんだり、涙まで流したというのに、それは全て自分の浅はかな勘違い、思い込みだったのだから。
でも、ふと思った。今しかない、と。
周りには誰も居ない。目の前には桃李、ただ1人。
あの日考えた事を、あの日気付いた事を、あの日伝えようとした事を。
言うなら、今しかない、と。
「はっ…春夜?」
「ん? 疑問系??」
「俺も…言いたい事、言っていい?」
「うん? どうぞ?」
「俺…ずっとお前は、南に来るんだと思ってた。俺について来るんだと思ってたんだ」
南とは、怜が通う青山南高校の事だ。
「お前のことは、ずっとうっとおしいと思ってた。どうせついてくるんだろって、うんざりしてたんだ。なのに…入学してから1回もおまえの姿を見なくて、おかしいなって思った。お前なら、その日のうちに俺を探して、またついてくると思ってたから。でも何日経ってもお前は来ない。ずっとうっとおしいと思ってたんだから、お前がついてこなくてすっきりしてるハズだった。けど違った。なんかボーっとしてる時間が増えたし、何もしてない時は、『春夜はどうしてるんだろう』って考えてた。だから、春瀬からお前が違う高校に行ったんだって聞いた時は、衝撃が走ったよ。同時に思ったんだ。どうして俺には教えてくれなかったんだ、どうして俺についてきてはくれなかったんだって。…矛盾してるよな」
最後の言葉は、桃李に向けて言った。桃李は答えず、黙って怜を見ていた。
「ずっと自分じゃ気が付かなかったんだ。お前が大切だったって事。ずっと近くに居たから、それが当たり前になってて。居なくなるまで気付かなかった。自分がどれだけ、お前を…春夜を必要としていたのか」
下を向いていた怜が、顔を上げて桃李の方を見ると、桃李は遠くにあるものを見つめるような目で、怜を見ていた。
怜は、そんな目で見るなよ、と思った。
――俺はもう遠い存在って言いたいのか?
怜にそんな事を思わせるような目だった。怜は続けた。
「春夜、ごめん。俺、何にも知らなくて。自分の本当の気持ちに、全然気付きもしないで、自分にもお前にも、嘘ばっか吐いてて。なぁ、今からじゃ…もう遅い?」
「うん」
桃李は即答した。
「うん?」
怜は聞き返した。
――え? もう…遅いの??
「だから…さっき言ったでしょ? 『好きな人居るから』って」
「好きな人…」
――俺の事じゃなかったの?
「あたしもう…結構前から、中学卒業、高校入学を機に、河野の事は諦めて新しい恋しようって決めてたんよ」
「えっ…何で?」
「あたし、河野に嫌われてると思ってたから。うっとおしがられてるの、分かってたから。あたしあんたの事すっごい好きやった。あんたを救う為やったら、あたしの命なんて惜しくないくらい、大好きやった。意味わかる? あたしの幸せより、あんたの幸せって事。だからあんたがそれで幸せになるのであれば、あたしは喜んであんたの前から姿を消そう、ってこと」
桃李は真顔で言った。
「あんたについて行かなかったのは、そういうワケかな。言わなかったのは、言ったらどんな顔するか、それを見るのが怖かったから」
怜は黙って聞いていた。
「高校に入学したと同時に、あたしは探し始めた。あんたみたいな人。新しい恋。でも…簡単に見つかるわけないよ。あんたみたいな人、そう居ないもん」
桃李は、悲しみの混じった笑みを作って、少し下を向いた。
「それで…やっと…やっとの思いで見つけたっていうのに…やっとこれから少しずつ忘れていこうって時に…無理だよ…」
悲しみの混じった笑みから、段々と悲しみだけの表情になっていった。
「その人…どんな人?」
怜は、桃李の悲しそうな顔をやめさせようとして言った。好きな人の話をする時は、悲しそうな表情も消えるのではないかという考えだった。
「野球部。蒼の中学の時からの親友でね、柿本淳。蒼を通じて仲良くなったの。まだ入ったばっかりなのにもうレギュラー候補って言われるくらい凄いピッチャーなの!」
怜の思ったとおりだった。淳の事を話す桃李は、段々明るい表情になっていった。幸せそうだった。
「でも、忘れないよ。河野の事。だってあたしにはコレがあるもん!」
桃李はそう言って、首にかかっていた鎖を外した。鎖には、あの日怜が桃李にあげた、第2ボタンがついていた。
「あっ…それ…?」
「もし貰えたら、つけて何時も持ち歩こうって決めてたの。他の人を好きになっても、河野がくれた想い出は忘れないように」
「春夜…」
怜は、1つ決心をした。
「春夜。俺、気付くの遅くて、ごめん。でも、気付くのは遅かったけど、お前を好きだった事気付けて、本当よかった。お前を好きになれて、本当よかった。今度は、もう遅いってならないように、頑張るよ。だから…さ。勝負しよう」
「しょうぶ??」
桃李は、意味が分からない、といった感じに首を傾げた。
「そう、勝負。20歳の成人式の時、どっちの方が、幸せになってるか。どう?」
僅かな沈黙の後、桃李は少し笑って、
「望むところよ」
と言った。
「でも、あたしの予想だと…――」
5年後。
「…なあ、これってどっちの勝ち? 俺のほうが幸せだから俺の勝ちな」
「はっ!? 何それ!? うちらで付き合ってんだからどっちも同じでしょ!? 引分よ!」
ほらね、あたしの予想通り。だってあたしが本当に好きなのは、一生涯貴方だけだもん♪
end
参考−BUMP OF CHICKEN
『supernova』