小説3

□狂った歯車は、悲鳴を上げて動き出す。
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「まあそうなの? 私達のところには戻ってこなかったからこちらにいるのだとばかり思っていたわ。ならリーは何処へ行ったのかしら?」
「…さあ、私は存じ上げませんわ」
「でも貴女の方がリーの行動パターンにはお詳しいのではなくって? レイラシア王妃様」

ミルソレイユの言葉に、ナルシアは眉をひそめた。ミルソレイユとレイラシアを交互に見る。

「…え、何故? 母様とリーチェル王様は今日初めてお会いしたのですよね?」
「……」
「いいえ、ナルシア王女」

黙ったレイラシアの代わりに、ミルソレイユが答えた。

「貴女のお母様と私の夫は、幼馴染みよ」
「え…!? は、初耳ですわ…本当ですの? 母様」
「ええ…」

レイラシアのその返事を聞いて、ミルソレイユはクスクスと笑った。

「それだけじゃありませんのよね? 王妃様」
「…な、何ですの…?」
「……女王陛下、」
「何かしら?」
「私も貴女にお聞きしたいことがあります」
「どうぞ? 何でもお聞きになって?」
「何故我が国との国交を断絶されているのです? ナリシスタが王位を継いだことに、何か問題があったのですか?」

それを聞いた途端、ミルソレイユは大声で笑い出した。

「…何がそんなに可笑しいのです?」
「貴女、私がミロステル王国との国交を断絶したのが、本当にナリシスタ様が王位を継いだからだと思っているの? ああ、その様子だと貴女だけじゃないわね。ナリシスタ様もでしょう? だとしたら、本当に脳天気な夫婦だわ」
「…どういう意味です? ナリシスタが王位を継いだからではないのなら一体…」
「まあ日取りが近かったから勘違いなされたのかしらね。王妃様? ナリシスタ様も昔から鈍感だけれど、貴女も随分と鈍感なようね」
「は…?」
「ナリシスタ様が王位を継いでからじゃないわ。貴女達2人が結婚してからよ」
「な…」

その言葉には、レイラシアもナルシアも目を見開いた。

「そうよ、ナリシスタ様が貴女なんかと結婚したから、私はミロステル王国との国交を途絶えさせたの」

あまりのことに、レイラシアはショックを隠しきれない。

「な、何故です…?」
「何故? この期に及んでまだそんなことをお聞きになるの? 貴女本当に鈍感ね。まあ、この際だから教えて差し上げるわ。私本当はずっとナリシスタ様が好きだったのよ」
「…は?」
「けれどナリシスタ様は私には目もくれず、妃が見つからないと嘆いていらっしゃった。私はいつでも、ナリシスタ様の妃になる準備が出来ていたのに」
「な…それなら何故ナリシスタは私を…」
「それはこちらが聞きたいわ。ナリシスタ様は何故この私ではなく、貴女のような庶民の娘なんかに一目惚れなされたのかしら!」

ミルソレイユは後ろの扉を強く叩きながら吐き捨てた。

「私はそれが許せなかった…! プライドを傷付けられたのよ分かる?? だから私は貴女のことを調べさせた…そして本当はリーチェルという許婚がいたことを知った」
「許婚っ…? 本当なんですの母様?」
「…許婚というほど正式な婚約をしていたわけではないわ。ただ漠然と、ずっと一緒にいようと思っていただけよ」
「でも彼は、もう少ししたら一緒に暮らすと約束していたと言っていたわよ? 私にはそれが余計に腹立たしかった。将来を約束していた男がいたにも関わらず、貴女は私からナリシスタ様を奪った! だから私は、貴女からリーを奪った! それだけのことよ」
「…母様…」

レイラシアは混乱続きで言葉を失っていた。ナルシアはレイラシアのドレスの袖をギュッと握り締めた。

「では、それを言っておきたかっただけだから。これで失礼するわ。…ああそれから、心配なさらないで。レイチェルとリースタ王女が結婚することになろうとなるまいと、国交は回復して差し上げますから。その方が面白くなりますし」

ミルソレイユは振り返って扉を開けた。

「それでは、お大事に」

クスリと笑って、ミルソレイユは扉を閉めた。

「…母様」

ナルシアは相変わらずレイラシアのドレスの袖を握ったままだ。

「1つお聞きしても、よろしいですか…?」

目を伏せて、ナルシアは言った。

「…ええ、何?」
「…母様は、父様と結婚なされて、幸せでしたか?」
「…え?」
「父様と結婚なされたこと、後悔していませんか…?」
「……」
「やはりナルシアとあの方では、喩え結婚したとしても上手くいかないのでしょうか…? ナルシアではあの方を不幸せにしてしまうだけなのでしょうか…?」
「……正直に言うわ、ナルシア」
「…ええ」
「私は王と結婚して、幸せだったとは言い切れない。勿論王のことは嫌いではなかったけれど、私には王よりも大切な人がいたから。でも、嫌なことばかりでもなかったし、決して不幸せだったわけではないわ。それにね、」

レイラシアは、ナルシアの頭を撫でて微笑んだ。

「後悔はしたくないの。貴女やリースタを産むことができたから。もし、リーチェルと結婚していたら、貴女やリースタには出逢えなかったでしょう? だから、後悔はしたくない」
「母様…」
「大丈夫よナルシア、私とその方は違うわ。そして貴女と王も違う。貴女はきちんとその方の気持ちも考えているじゃない。あ、今の言葉王には内緒よ?」

レイラシアが笑うと、ナルシアも苦笑した。

「ええ、分かっていますわ。母様とナルシアの秘密です」
「その方とよく相談なさい。2人がよく話し合って決めたことなら、私もとやかくは言わないわ」
「…でもナルシアは次期女王に…」
「そのことは、そのとき考えるわ」
「母様…」






「レイチェル王子はどうだった? リースタ」

帰りの馬車の中で、ナリシスタがリースタに問いかけた。

「ええ。とても素敵な方でしたわよ、父様。リースタとも気が合いそうです」
「そうか! それはよかった! なあ、レイラシア!」
「ええ、本当に」
「でも、そうしたら姉様は本当にレヌコレート王国へ嫁がれてしまうのね。ナルシアは寂しいですわ」
「ははは! ナルシアは寂しがり屋だなあ」

ナリシスタは笑う。レイラシア、リースタ、そしてナルシアも笑う。
何も知らないのはナリシスタだけであった。






「リー」

ミロステリア城に到着し、自室へ戻ろうとしていたリースタを、レイラシアは呼び止めた。

「何ですか? 母様」
「貴女、レイチェル王子は素敵な方だったと言ったわね」
「ええ、それが何か?」
「『レイチェル王子は素敵な方だった』と言っただけで、まだ結婚すると言ったわけではないわ。どうなの? リー。貴女、レイチェル王子と結婚する気はあるの?」

レイラシアはまっすぐリースタを見て言った。それを見てリースタは微笑む。

「…母様、リースタはレイチェル様でもよろしくってよ。ええ、リースタは」

微笑みながら、“リースタは”を強調して言った。

「何故そんなに『リースタは』を強調するの? レイチェル王子の方は貴女を気に入っていないとでも?」
「いいえ、母様。レイチェル様もリースタでよいと仰って下さっているわ」
「では一体誰が…?」
「貴女ですわ、母様」
「…え?」

レイラシアは自分の耳を疑った。リースタが何を言っているのか理解できなかった。

「リースタはレイチェル様と結婚してもよろしいのよ? でも、母様はそれでよいのかしら?」
「…どういう意味かしら」
「他人のものになってしまったリーチェル王様と、王様にそっくりな王様と他人の息子、そして母様への当てつけに愛してもいないリーチェル王様と結婚なされたミルソレイユ女王…誰にもお会いしたくないのではなくって?」
「……」

レイラシアは言葉を失った。
リースタはいつもレイラシアに対し、見透かしたようなことを言う。
しかし今日のリースタは、“見透かした”というより、“知っている”ようだった。

「…大丈夫よ、リー。私も一国の王妃です。レヌコレート王国との国交が回復することは、我が国にとってとてもよいことですから、そのためならば私も多少の我慢はできます」
「…そうですわね。今まで沢山の我慢を強いられてきた母様ですもの。申し訳ありませんでした。少々心配しすぎましたわ」
「いいえ、気にすることではないわ。貴女の心遣いは嬉しかったです。それにリー、」

レイラシアはリースタに背を向け、一呼吸置いてから言った。

「私にはリーチェルやミルソレイユ女王を恨んだりするような資格などないわ。先にリーチェルを捨てたのは私なのだから」
「…リーチェル王様のこと、もうリーとはお呼びにならないのね」
「その呼び方はもうミルソレイユ女王のものだわ。私にとってリーはリースタ、貴女だけよ」
「まあ、それは嬉しいですわ」
「私のことは気にせずに、貴女がミロステル王国の第一王女として正しいと思う道を歩みなさい。リー」
「心得ましたわ、母様」






翌日。レイラシアは、なるべく地味なドレスを着て城を出ようとしているナルシアに遭遇した。

「お、母様…」
「あらナルシア、また城下へお出かけ?」
「え、ええ…母様。ナルシア、あの方とお話してきますわ」
「そう。行ってらっしゃい」
「はい! 行って参ります!」

ナルシアは笑顔で城下へ駆けていった。そこへナリシスタが通りかかる。

「? ナルシアはあんな地味なドレスで何処へ出かけたんだ?」
「ふふ、プロポーズですわ」
「へえ…え? プロポーズ!? ナルシアが!?」
「ええ」

レイラシアは微笑みながら、ナルシアの後ろ姿を見送った。





その半年後、レヌコレート王国の王子レイチェルは王に即位し、リースタはレヌコレート王国の王妃となった。
更にその1年後、ナルシアはミロステル王国の女王に即位し、城下の生まれであるアランを王に迎えた。






「いらっしゃい、リースタ義姉様」



 
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