小説3

□狂った歯車は、悲鳴を上げて動き出す。
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「リー…チェル?」

男はこちらに近付いてくる。

「彼がレヌコレート王国国王、リーチェルです」
「初めまして」

男――リーチェルは、ナリシスタに向かってにっこりと微笑んだ。

「これはこれは初めまして。では私も紹介いたします。王妃のレイラシアに第一王女のリースタ、それから第二王女のナルシアです」

リースタ、ナルシアはミルソレイユに向かって一礼する。レイラシアは相変わらずリーチェルを見ていた。
ミルソレイユはレイラシアの前に立ち、それを阻む。

「初めましてレイラシア王妃、女王のミルソレイユです」

そしてにっこりと笑って、手を差し出した。

「あ、ああ…初めまして。王妃のレイラシアです」

レイラシアも引きつった笑いで手を握り返した。ミルソレイユはその手を離さない。

「リー、貴方もレイラシア王妃に挨拶なさいな」

そしてリーチェルに呼びかけた。リーチェルはこちらに歩いてくる。

「初めまして、国王のリーチェルです」

リーチェルが手を差し出す。


何処かで、「久しぶり」と言ってくれるのを期待していた。


「あ、は、初めまして…、レイ、ラシアです…」

そう言ってリーチェルの手を握り返したレイラシアの声は、手は、震えていた。

「どうしたレイラシア? 気分でも悪いのか?」

ナリシスタが心配そうにレイラシアの顔を覗き込む。

「あ…ええ、少し…」
「それは大変ですわ。すぐに休める部屋にお連れしますね。リー、私たちの寝室にご案内してあげて」
「…分かった」

そしてレイラシアは、リーチェルに連れられて部屋を出た。

「では、始めましょうか。リースタ姫、こちらへどうぞ」

ミルソレイユは、扉が閉まるのを確認したあと、リースタを見てレイチェルの前の椅子を指差した。

「恐れ入ります。ですがミルソレイユ女王陛下、リースタ姫という呼び方はやめていただけません? 姫という呼び方は嫌いなのです」
「あら、それは失礼。ではリースタ王女でよろしいかしら?」
「王女なら別に構いませんわ」

リースタはそう言って椅子に座った。

「お初にお目にかかりますわ、レイチェル様。ミロステル王国第一王女リースタと申します」

そしてレイチェルをまっすぐ見て言い、頭を下げた。

「こちらこそ初めまして、リースタ王女。レヌコレート王国王子レイチェルです」

レイチェルもリースタに向かって頭を下げた。

「2人きりの方が話しやすいかしら?」

ミルソレイユが言う。

「それもそうだな。ではミルソレイユ女王、私たちは別の部屋で今後の話でもいたすとしましょう」
「構いませんわよ」

ミルソレイユとナリシスタは部屋を出ようと歩き出した。

「お、父様! ナルシアは…」

自分をほったらかしのナリシスタにナルシアが呼びかける。

「お前はレイラシアの具合を見に行っておいでナルシア」
「分かりましたわ」
「アルアン、ナルシア王女を王妃のもとへ案内して差し上げなさい」

ミルソレイユが家臣に言いつける。

「はっ」

そして4人で部屋を出た。





レイラシアとリーチェルは無言で廊下を歩いていた。

「…変わったわね、リー、チェル」

重い空気の中、レイラシアが切り出す。
昔のように“リー”と呼ぼうと思っていたのだが、そう呼んでいるミルソレイユの顔が浮かんでやめた。

「…そうか?」

リーチェルはレイラシアの方も見ずに言う。

「変わったわ。あのリーチェルが一国の王だなんて、信じられない。随分と立派になったものだわ」
「変わったのはレイラシア、君の方だろう?」
「…え?」

レイラシアはリーチェルを見る。

「突然王子にプロポーズされて、さぞ嬉しかったことだろう。将来を約束した幼馴染みのことも忘れて!」
「違っ…! 違うそうじゃない!」
「何が違うって言うんだ? 本当のことだろう!? 王妃になるなんて言われて浮かれてたんだろ! お前、わざわざウチの前をパレードの道順から外したんだろ!? 『会いたくない人がいる』って…俺のことだろそれ! 今更昔の許婚になんて会いたくもないからって!」
「違う…! わ、忘れたことなんて、リーチェルのこと忘れたことなんてなかった…!」
「…なんだよ、それ」
「私だって…なりたくて王妃になったわけじゃない…! 突然お城に連れて行かれて王子と結婚だとか言われて、夢みたいだったけど、本当に夢だったらって何度も思った!! でも、みんなの嬉しそうな顔を見てたら、そんなこと…とても言えなくて…」
「……」
「パレードの道順のことだって…リーチェルに合わせる顔がなくて…それで…!」

レイラシアは泣いていた。リーチェルは何も言えない。

「…じゃああの時、」

少しの沈黙のあと、リーチェルが言った。

「なんで俺のこと、知らないって言ったんだ?」
「…それしか…それしか、リーチェルを救う方法がなかった…」
「…俺を救う?」
「あの時私が『幼馴染みです』って言ったら何か変わった? 『許婚です』って言ったら何か変わった? あの時にはもう私とナリシスタは永久の契りを交わしたあとだった。もしかしたら、リーチェルは今後の生活を脅かされないようにって捕らえられていたかもしれない。そう考えたら、知らない振りをするしか…」
「……」

リーチェルは再び黙った。そして立ち止まる。

「…リーチェル?」
「ここだ」

リーチェルは大きくて立派な扉の前に立っている。

「ここって…」
「俺とミルソレイユの寝室だ」

リーチェルは扉を開ける。
右手に大きなベッドがあった。

「2人の…」

呟きながら中に入る。
レイラシアにとってそれほど辛い仕打ちはなかった。

「休みたいならベッドでもソファでも好きにするといい。2人の寝室といっても、最近は俺が1人で使うことが多いからあまり気にするな」

リーチェルは扉を閉めて言った。

「1人で…? ではミルソレイユ女王は何処で…?」
「さあな。色々な男の元へ出向いているようだが、知らない振りを通している」
「え…!?」

レイラシアは驚いた。リーチェルが浮気を黙認していると言うのだ。

「1つ忠告しておく。ミルソレイユには気をつけたほうがいい」

レイラシアに背を向けて、リーチェルが言った。

「…どういうこと?」
「世間ではミルソレイユが俺に一目惚れしたと言われているが、実際はそうではない」
「…え?」
「第一、レヌコレート王国の王女たるミルソレイユと隣国の一国民の俺が、一体どうやってそんな運命のような出逢い方をするというんだ?」
「…それは…」
「偶然じゃない。アイツは俺に会いに来たんだ」
「リーチェルに…? 何故…」

リーチェルは扉の取っ手に手をかけて言った。

「君の元許婚だからさ、レイラシア」
「私の…?」
「まだ分からないかレイラシア。ミルソレイユが俺と結婚した理由はただ1つ」

リーチェルはゆっくりと扉を開け、振り返る。

「君への当てつけだ」

そして部屋を出、扉を閉めた。

「当てつけ…? 私に…?」

閉められた扉を見つめながら、レイラシアは呟いた。

――そんな…私が何をしたっていうの…?

今まで会ったこともなかったミルソレイユに恨まれるような覚えはない。しかし考えてみれば、時折ミルソレイユの瞳からは敵意が感じられたような気がする。

――一体何故…?

考えても考えても、答えは出そうにない。レイラシアは床に座り込んだまま頭を悩ませていた。






「…行ってしまいましたわね」

4人のいなくなった部屋で、リースタは扉を見ながら言った。

「そうですね」

レイチェルも同意する。リースタはレイチェルに向き直った。

「ところでレイチェル様、」
「何でしょう?」
「貴方のお母様、女王陛下は、国王のことをリーとお呼びになるのですわね」
「ええ、父の名がリーチェルですから」
「でもそれだけではないんでしょう?」
「どういうことです?」
「レイチェル様、私もリーと呼ばれていますのよ。母から」
「それは…リースタ、だから」
「ええ。ですから、私をリーと呼ぶために、リースタと名付けたのですわ」
「え…?」
「尤も、リースタの“スタ”は父の名に由来するものですけれど」
「…もっと分かりやすく説明して頂けませんか、リースタ王女」
「あら、本当は分かっていらっしゃるのではなくって?」
「…何を、でしょうか」
「私もここへ来るまでは知らなかったのですけれど、先程のやり取りを見ていて分かりましたわ。母は貴方のお父様をリーと呼んでいた、だから貴方のお母様もリーと呼んでいる。母への当てつけに」
「…ええ。その通りですよ、恐らく。そして母も知っている。レイチェルの“レイ”は、ミルソ“レイ”ユの“レイ”ではなく、“レイ”ラシアの“レイ”であると」
「あら、何処の親も同じですわね」
「事実父は私のことをレイと呼びますからね。全く、幼馴染みとは考えが似るものだ」
「本当に」

そして2人はクスクスと笑った。

「ということはレイチェル様も分かっていらっしゃるのね。この結婚がどういう意味を持つのか」
「ええ。母の狙いは、貴女の母上と父、そして父によく似た私を会わせることで、貴女の母上をより苦しませることにあります」
「…素敵なお母様ですこと」
「ええ、本当に」






部屋の扉を叩く音がした。
ソファに座ってボーッと外を眺めていたレイラシアは、扉の方を向く。

「どなたですかっ?」

レイラシアの代わりにナルシアが返事をする。扉を開けて入ってきたのは、ミルソレイユだった。

「お加減は如何? レイラシア王妃様」
「ミルソレイユ女王陛下…」
「あら? リーはいないのね」

ミルソレイユは扉を閉めると、レイラシアには近付きもせずに言う。

「…国王様は私をこの部屋まで送ってくださったあと、すぐに出て行かれましたわ」




 
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