バトロワ
□O
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『お土産なんて買ってくるワケないでしょ』
そう言いながらいつも買ってきてくれた。
だから今度もきっと買ってきてくれるだろうって、楽しみにしてた。
まさか帰ってすら来ないかもしれない、なんて思いもしなかった。
−OUTSIDE(前)−
12月24日・クリスマスイヴ。
街は、当然のようにクリスマスムード一色。
平和な、穏やかな日だった。
しかし、それはある1本の電話で、脆くも崩れ去った。
午前10時を少し過ぎた頃だった。
その時槍川茉里茄(私立桜ヶ丘中学校3年A組女子16番)は、2階にある自分の部屋でベッドに寝転がり、のんびりと漫画を読んでいた。
部屋は静かで、茉里茄が漫画のページをめくる音しかしない。
すると、1階から電話の鳴る音が聞こえた。
多分妹の槍川朱子(私立桜ヶ丘小学校1年菊組)が取ったのだろう。『はい、もしもし?』と若干幼い声が聞こえた。
少しして、声は大人のものに変わった。
母親の槍川空美だ。
茉里茄は気にも止めず、漫画を読み続けた。
『は? 何ですって!?』
茉里茄はページをめくろうとした手を止め、顔を上げた。そしてよく耳を澄ました。
『どういう事なんですか!? ちゃんと説明してください!! …は? 何ですかそれ! そんなので納得出来る訳ないでしょ!? ちょっと! フザけないで!! ちゃんと返して下さいよ!? 貴方達にエミリを奪う権利があるとでも!? エミリはまだ生きてるんですか!? あっちょっと!』
――!?
「エミリが…何だって?」
エミリを奪う?
まだ生きてるか?
茉里茄は漫画を閉じ、1階へ降りて行った。
「お母さん…?」
空美は電話の横で、泣き崩れていた。
「茉里茄…」
茉里茄の声に気付くと、顔を上げ、力なく言った。
「エミリが、どうしたの…? 今の電話…誰から?」
「政府よ…」
「政府…?」
「エミリが、バトルロワイアル…殺し合いに、参加…させられてるって…3Bの他の生徒、と」
「殺し、合い…?」
「…ねぇ、お母さん。どういう事? エミリもぅ…帰って来ないの??」
朱子が言った。
空美はただ無言で頷く。
3人の間には、沈黙が訪れた。
「…出来ない。やっぱり出来ないよ」
少しして、茉里茄が顔を上げて言った。
「このまま…大人しく殺し合いさせられてるみんなを見捨てるなんて出来ないよ」
茉里茄は階段を駆け上がった。
――何処まで出来るか分からない。
何も出来ないかもしれない。
いや、何も出来ないと思う。
俺はまだ子供だから。
でもここで動かなきゃ…!!
一生、後悔すると思うから。
「行ってくる」
さっきから着ていた部屋着の上からコートを羽織り、茉里茄は玄関の扉を開けた。
扉が、重かった。
午前10時12分。
その時、久米田聖子(3年A組女子2番)と花本とまと(3年A組女子8番)は、学校の体育館にいた。
今日するハズだったクリスマスパーティが、河潟直子、管野理代の学級レクリエーションで延期になったので、暇だったのだ。
部活もないので、体育館が空いていて、2人で自主練をしていた(聖子はバスケ部、とまとはバレー部だ)。
とまとは1人で詰まらなそうにサーブの練習、聖子は1人で黙々とシュートの練習をしている。
「ねぇせーちゃん、やっぱバレーを1人で練習すんのって詰まんない。そっちはいいかもしれないけど…せーちゃんもバレーしない?」
すると聖子はリングを抜けて落ちてきたボールを拾いあげて言った。
「うーん…まぁ、いいけど、あたしバレーはあんまり出来ないから練習相手にならないと思うよ?」
「1人でやるよりゃ全然いいって!」
そう言ってとまとは聖子に向かってボールを投げた。
「あっちょっと!」
ボールは後ろに逸れ、開いていた扉から体育館の外へ出ていった。
「もぉー!」
聖子は笑いながらボールを追いかけて体育館の外へ出た。
外へ出た聖子が辺りを見回すと、ボールは乾いた溝に落ちていた。
ボールを拾った聖子は空を見上げた。
空は晴れている。
そしてまた体育館の中へ戻ろうとした時だ。
「せーちゃん!」
校門の方から、茉里茄が走ってきた。
「茉里ちゃん? どうかしたの?」
聖子の前に立ち、呼吸を調えながら茉里茄は言った。
「エミリが…! 3Bのみんなが…!!」
ボールがポトリと、聖子の手から落ちて跳ねた。
「せーちゃんまだぁ〜? ボール取るだけにそんなかかんのかなぁ」
とまとはしゃがんだまま独り言をブツブツ言っていた。
すると聖子が出ていった入り口の方から何やら声が聞こえてきた。
「ん?」
不思議そうにとまとが立ち上がったその時だった。
「とまとぉぉぉ!!!」
叫びにも似た声を出し、聖子が走ってきた。
後ろには茉里茄がいる。
「せーちゃん!? 茉里ちゃん!? 何!?」
「りーよが!! 直ちゃんが!! 3Bが!! ばっバトルロワイアルに参加させられてるってええっ!!」
「…は?」
聖子が何と言ったのか、理解出来なかった。
「な、何、言って…」
「うちに政府から電話があったの…エミリがバトルロワイアルに参加させられてるって…他の、3Bの生徒と一緒に。多分家族の家に電話してるんだと思う…」
とまとの脳裏に理代、直子の笑顔が浮かんだ。
「な、にそれ…?」
明後日、4人でクリスマスパーティをする約束をしていた。
バレーをしているのはとまとだけで、聖子と理代と直子はバスケだった。転校してきたばかりの理代を必死にバレー部に勧誘したのを覚えている。
直子が突然『彼氏が出来た』と言い、みんなで問い詰めたのはいつだったか。
2人の思い出が頭の中に蘇る。
どの思い出の中でも、2人は笑っていた。
「直ちゃん…りーよ…」
転校してきた理代に1番最初に声をかけたのはとまとだった。
戸惑い、笑う理代に『りーよ』というあだ名をつけたのもとまとだ。
2人の笑顔をもう2度と見る事はないのだと思うと、鳥肌がたった。
「――と! とまと!」
とまとは我に返った。
聖子に呼ばれていたのが分からなかった。
「せ、せーちゃん…」
聖子と直子に、せーちゃんと直ちゃんというあだ名をつけたのもとまと。
自分のあだ名はつけなかったので、とまとはとまとのままだった。
「せーちゃん…せーちゃん…」
「とまと落ち着いて!」
聖子がとまとの肩を揺すった。
「おっ落ち着いてなんていられないよ…!!」
「いいから落ち着いて! …――とまと、一緒に2人を取り返そう」
「へ?」
「3Aのみんな集めて、3Aみんなで3Bのみんなを取り返そう」
間抜けな声を発したとまとに、聖子は力強く言った。
「そっそんな事出来るの…?」
「やってみるしかないでしょ? それとも、とまとはやらないで諦めるの? ここでずっと大人しく自主練でもしとくの?」
「イヤだよ! こうしてる間にも殺し合いは続いてるかもしれないのにっ…!」
とまとは意を決した。
「行こう」
茉里茄と聖子が同時に頷いた。
「まず人数を集めなきゃね…っていうか、3Aみんなにこの事を知らせなきゃ」
聖子が言った。
「学校に他に誰かいるかな?」
茉里茄は2人に問いかけた。
「うーん……あっ! 坂田さんが美術室にいるかも!」
とまとは美術室に向かって走り出し、聖子と茉里茄もあとに続いた。
坂田詩野(3年A組女子3番)は、美術部の部長だ。
今日は来月の作品展に出展する作品の仕上げの為に、学校に来ていた。
この作品展で優秀賞以上の賞を取れば、デザイン科のとても有名な高校に推薦してもらえる事になっている。
クリスマスイヴだとか言っていられない。
その為にA組に入ったのだから。
私立桜ヶ丘中学校は幼稚園からのエスカレータ式の学校だ。詩野も初等部からここだった。
中学も2年生までは特に変わったクラス替えはない。
しかし、3年生は違う。
このままエスカレータ式で桜ヶ丘高校に入る人はB組、受験して別の高校に行こうとしている人はA組になる。
だからその年によってA組が多かったりB組が多かったりする(ちなみに今年はB組が多い。A組は男子7人、女子16人の計23人。B組は男子21人、女子22人の計43人だ)。
詩野はデザインを学ぶ為の高校に行きたいと思い、2年時の進路調査でA組を希望した。
ふと急に、廊下が騒がしくなった。
詩野がドアに目をやると、そのドアが勢いよく開いた。
「坂田さん!」
最初に声を発したのは、最初に美術室に入ったとまとだった。
続いて聖子と茉里茄も美術室に入る。
「花本さん!? 久米田さん? 茉里茄! どうしたの? そんなに慌てて」
詩野は手に持っていたパレットを横にあった机に置いた。
「坂田さん…落ち着いて聞いてね」
呼吸を調えて、聖子が言った。
「バトルロワイアルって知ってるでしょ?」
――久米田さん、いきなり何言い出すんだろ…
詩野は思った。
「バトルロワイアル? …うん…生徒同士の殺し合いの話でしょ?」
「そうなんだけど…話じゃないんだよ! 現実に今、参加させられてるの!」
「え? 話じゃない? 参加させられてる? 誰が?」
「坂田さんだったら、重要なのは槍川さんと小野さんかな…兎に角、3Bが…バトルロワイアルに、参加ッ…」
「嘘でしょ…?」
持ったままだった筆は床に落ちた。
「みんなを取り返す為に、3Aを集めようとしてるの。坂田さんも協力してくれるよね…?」
詩野は描きかけの絵を見た。
これが優秀賞以上の賞を取らなければ、推薦は貰えない。
けれどそんな事は、もうどうでもよかった。
「うん。勿論だよ」
「じゃあ職員室で電話借りて、他のみんなにとりあえず学校に来てもらおう」
茉里茄の言葉で、4人は職員室へ走り出した。
【残り27人】