小説3

□全てを忘れるには、丁度良いのかもしれない。
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※タイトルは『狼とスナイパー』の過去のお題『アメをかみくだく』からお借りしました。






昔々。
ある王国に、幼馴染みの男女がおりました。



「マケルドさん、リーを見なかった?」

彼は時々ふらっといなくなってしまう。私はさがして走っていた。

「やあレイラシア。リーチェルなら、さっき市場の方に向かっているのを見たがね」
「市場ね。ありがとう!」

私は市場へ向かって走り出した。


「あの、すみませんが」

しばらく市場を走っていると、帽子を深く被った人に声をかけられた。多分男だ。

「はい?」

私は返事をした。

「この市場では一体何がオススメなのでしょうか? この町は初めてでしてね」
「ああ、そうですか。それはようこそ! ここのオススメはー、やっぱり、シューナッツですかね」
「シューナッツ?」
「シュークリームにナッツが入っているんです。向こうのお店にあります。表に旗が出ているからすぐ分かりますよ。あ、そのお店のマンゴージュースも美味しいんです!」

私があまりに熱心に食べ物のことを語るものだから、男の人は吹き出した。

「そうですか。ご親切に、ありがとうございます。素敵な人だ」
「え? やだ、おだてたって何も出ませんよ? 私は友達を捜しにきただけだから、お金も持ってないし」
「いえ、冗談ではなく。あ、では私はこの辺りで。どうもありがとうございました」

男の人が深々と頭を下げるので、なんだか緊張してしまった。

「あ、いえ! よい1日をお過ごし下さい!」

私は大きく手を振って走り出した。リーチェルを捜さなければいけない。
少し走ったあと、果物屋の前でリーチェルを見つけた。

「リー!」

リーチェルはこちらを向く。

「レイ! 君もなにか買いにきたの?」

呑気にそう言うリーチェルに、私は軽く拳を振った。

「バカ! 何言ってんのよ! リーがまたいなくなったから捜しにきたんじゃない!」
「うわっごめん」

リーチェルは私の拳を受け止めたあと、両手に持っていた林檎の片方を投げてきた。

「リー! 食べ物投げちゃダメよ!」
「はいはい。それ、お詫びのしるしね。まあ、どっちにしろレイの為に買ったんだけど」
「…ありがとう」

そして私達は家の方向へゆっくりと歩き始めた。
リーチェルは自分の林檎をかじる。シャリッと、美味しそうな音がした。
私もそれを見てから同じように林檎をかじった。

「レイはさ、母さんみたいだよな」
「? どういう意味よ!」
「だって食べ物投げるなとかスープ飲むとき音たてるなとか部屋が汚ないとか、母さんみたいなこと言うじゃん」
「それは、リーが行儀悪いからでしょ!?」
「まあ、否定はできないけど…一緒に暮らすようになったら大変だろうなーって」
「大変なのはどっちよ!」

私はそう言ってやった。
几帳面な性格の私と大雑把な性格のリーチェルはそういう衝突(大抵は私が勝手に怒っているだけだけど)がよくあった。それでも私達は幼い頃から一緒にいて、お互いを見てきた。

「なあ、そろそろ一緒に暮らそう?」
「そうね。もう少ししたらね」
「約束な」

だからこれからもずっと一緒だと当たり前に思っていたし、結婚も私達にとっては、通過点に過ぎない。


――はずだった。





「メイソンさん、メイソンさん」

その翌朝、大きな音で家の扉を叩く者があった。

「はーい?」

母さんは台所で手が放せないようだったので、私が代わりに扉を開ける。そこには、王家の紋章の入った軍服のようなものを着ているがっしりとした男の人が2人いた。

「おはようございます。朝早くに申し訳ない。レイラシア・メイソンさんでいらっしゃいますかな」
「え、ええ、そうですけど…なにか」

2人の威圧感に私は戸惑った。私が何をしたと言うのだろう。
男の人の次の言葉を待っていると、もう1人の男の人が王家の紋章の入った羊皮紙を取り出して開いた。

「レイラシア・メイソン、貴女をナリシスタ王子の妃として王家に迎えることになった」
「……っ、へ?」

私は言葉を失った。
王子? 妃??
何のハナシ???

「王子の王位継承の日時は迫っている。よって早急に式を執り行って頂きたい」
「え、ええいや、ちょっと、ちょっと待って下さい! ほ、ホントに、本当に私が…?」
「当たり前だ。こんなふざけた嘘を吐いている程王族は暇ではない。王位継承の日が近いのに王子の妃が決まらなくて大変焦っておられたのだ。王と王妃は今すぐにでも式を執り行いたいとおっしゃっている」
「今すぐ!? そんな無茶な…!」
「何も本当に今すぐという訳ではない。それほどに王は焦っておいでだということだ」
「でもっ、どうして私が…! 私、王子様にはお会いしたこともないし、何処にでもいる普通の町娘で、何も取り柄はありませんし、気品も教養も…王妃に相応しいものは何も持ち合わせていません」

男2人は顔を見合わせた。そしてもう一度こちらを見て、片方が言った。

「王子の一目惚れだそうだ」
「ひ、一目惚れって…だから私、お会いしたことは」
「先日、町へ散策に出掛けた際に市場でシューナッツをすすめられたとおっしゃっていた」

私は昨日のことを思い出した。
確かにリーチェルを捜しているときに話しかけてきた人にシューナッツをすすめた。帽子を深く被っていて顔がよく分からなかったけど…

「……え…え!? あ、あの人が、お、王子様…!?」
「左様。さあ、レイラシア様、城へ参りましょう」

さっきはレイラシアさんと呼んでいたのが様になり、言葉遣いも丁寧になった。これが王族に対する態度というものなのだろうか。
私が、王族に…?
遠巻きにしか見たことのなかった馬車が家の目の前に停まっていた。私は馬車に乗り、城へ連れていかれた。

馬車に乗る前に振り返ると、母さんは驚きながらも嬉しそうにしていた。





私の家からは小さく見えた御城が目の前にある。見上げると、本当に大きかった。

「レイラシア様、王子がお待ちです。こちらへ」

男の人達は私を御城の中へ誘導した。遠くから見たことしかないのだから、当然中に入るのは初めてだった。

「き、綺麗…!」

私の家なんかとは比べるのも失礼なくらい、豪華絢爛な物で溢れていた。1つ1つがキラキラと輝いていて、まるで別世界だ。
けど庶民の私には、なんだか落ち着かない場所だった。

「レイラシア嬢!」

御城の中を見回していると、何処からか声がした。私は声の主を探す。

「ここですよレイラシア嬢!」

大きな階段の上で、遠くからしか見たことのなかったナリシスタ王子が手を振っていた。
私に。
王子は階段を降りて段々近付いてくる。夢のようだった。遠い存在だった王族が、こんなに近くにいる。
私も王族になるのだと云う。
でも、できれば、


夢であってほしいと、思っていた。


私の目の前まできた王子は、突然私に抱きついた。

「ひゃっ…」
「1日振りですねレイラシア嬢! 早くお会いしたかった!」

そして王子は体を離し、私の顔をまじまじと見た。

「やはり何度見てもお美しい…! こんなに美しい方が城下にいらっしゃったとは! 貴女を妃に迎えられるなんて私は幸せ者だ!」
「は、はあ…」

王子の性格や価値観が今一掴めない。私の何処がそんなに美しいのかも。

「美しい王に美しい妃…これでこの国は完璧だ!」

私は自分の耳を疑った。美しい王? それは王子のことか? 確かに王子は綺麗な顔立ちをしている。けれど、それを自分で言うなんて…やはり王族は分からない。私があれこれと考えているうちに、王子の話題は結婚式の日取りになっていた。

「さあレイラシア嬢! 私達の式はいつ執り行いましょう?」
「え、あ、ちなみに、王位継承はいつで?」
「3日後です!」
「み、3日後!?」
「ええ! ですから明日か明後日ということになりますね! 流石に式が2日続くのは民も大変でしょうか? では私達の式は明日にしますか?」
「え、明日…!?」
「? どうされました? 明日では何か都合が悪いですか? ご両親が出席できない?」
「あ、いや…なんでもないです。だ、大丈夫です…」
「それならよかった。では明日執り行いましょう! ロマーノ!」

王子が私を連れてきた男の1人に言った。

「はい」

呼ばれた男の人――ロマーノというらしい――は即座に返事をした。

「式は明日執り行う。直ちに準備にかかれ」
「はっ」
「マナ、御前は父上と母上に報告してこい」
「はっ」

2人の男はそれぞれ走り去っていった。

「さあレイラシア嬢、貴女の御部屋へ案内いたしましょう。こちらへどうぞ」
「あ、はい」

私は王子について城の中を歩いた。見たことのないものばかり並んでいて、思わずキョロキョロしてしまう。

「そんなに珍しいですか?」
「あ、はい。こんなに素晴らしいものを見たのは生まれて初めてです」
「そうですか。まあ少しすれば慣れますよ。毎日見ていると飽きてくる」
「そんな、飽きるだなんて勿体ない!」
「しかし、貴女の美しさには全く飽きがくる気がしませんよ!」

王子は満面の笑みで振り返った。

「いや、でも私…美しくはないと思うのですが…王子様は私の何処を見て美しいとおっしゃっているのですか?」

私が尋ねると、王子は

「レイラシア嬢は、運命を信じませんか?」

と言った。

「運命?」
「そうです! 運命です! 私は貴女を一目見て運命を感じたのです! レイラシア嬢、貴女しかいないと!」
「は、はあ…」

王子には悪いが、私は少しも運命なんて感じなかった。私には一生一緒だと思っていた人がいたし、寧ろ私にとって王子は、私の当たり前の幸せを壊した人にしか見えない。
だけど王子の悪気のない笑い顔を見ていると、そんなことはとても言えなかった。



 
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