小説3
□全てを忘れるには、丁度良いのかもしれない。
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結婚式の準備は滞りなく進められた。用意されていたドレスのサイズはぴったりだったし、パレードの準備も既に殆んど終わっていた。パレードの道順には、当たり前のように私の家の前も入っていた。
「あの、ナリシスタ王子」
「どうしました愛しいレイラシア! ナリシスタと呼んでくれても良いのですよ!」
「あー、ええと、ナリシスタ。パレードの道順は変更できないのですか?」
「何故です? 道順が気に入りませんか?」
「私の家の近くは通らないでいただきたいのです。その、会いたくない人が…いまして」
「それは大変だ! 私の愛しいレイラシアに不快な想いをさせるわけにはいかない! ロマーノに言いつけてすぐに道順を変更してもらいます!」
「ありがとうございます」
本当は通りたかった。だけど通るわけにはいかなかった。リーチェルに会わせる顔がない。
だから、ホッとしていた。
翌日、御城で式を挙げたあと、私達は城下へおりていった。鼓笛隊の演奏と鮮やかな紙吹雪に彩られ、パレードは盛大に行われた。兵隊達に担がれ、晴れやかな笑顔で祝福してくれる民衆に手を振っていると、王妃様みたいだ、と思う。そのすぐあと、本当に王妃になるのだと気付いた。
「レイ!」
ふと、リーチェルの声がした気がした。
「レイ! レイ! レイっ…レイラシアーっ!!」
民衆の中に、リーチェルがいた。必死に人を掻き分けてこちらに向かってくる。
「レイなんで! なんの相談もなしかよ! レイがいなかったら、おれはこれからどうすればいいんだ! もう少ししたら一緒に暮らそうって、約束したじゃんか!」
リーチェルの言葉の一つ一つが、私の胸に突き刺さった。そうだ。私はリーチェルとの約束を、何一つ守れなかった。
私とナリシスタを担ぐ兵隊達が立ち止まり、祝福の声をあげていた民衆も静まり返る。
「どうしました? レイラシア、この者はお知り合いですか?」
ナリシスタが私に尋ねた。
リーチェルはすぐそばまできて、呼吸を整えながら私を真っ直ぐに見つめる。
ごめんね、リーチェル。
「いいえ、このような方は存じ上げておりません」
冷たい視線を浴びせたつもりだ。リーチェルは目を見開いたあと、ショックを受けたような表情になった。私はナリシスタの方に向き直る。
「行きましょう、ナリシスタ」
「この者はどうします? 捕らえますか?」
「いいえ、結構です」
パレードの一行は再び進み始めた。リーチェルが段々遠くなる。
ごめんなさい、リーチェル。
ごめんなさい、さようなら。
全てを忘れるには、丁度良いのかもしれない。
こんな冷たい私のことなんか、早く嫌いになって。
終