雑記

□穴に落ちて
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まあるく切り取られた青い空が頭上に見える。


ようやく、自分が落とし穴に落ちたことを理解して、体制を立て直した。

学園の校庭を散歩してただけなんだけどなぁ、と先程までの自分を振り返って見たがそれでどうにかなるはずもないので、とりあえず抜け出そうと再び頭上を仰ぎ見た。
かなり深い穴だ。背伸びしても縁には届かない。生憎と今の装備は苦無一本と焙烙火矢二つ、手裏剣が五つあるのみだ。苦無一本では登れないし、誰かに助けて貰うために焙烙火矢をぶっ放そうにも生き埋めになりそうなので避けたい。



「誰か通りませんかね…」



と言っても、ここらへんは人通りの少ない所だ。可能性は低い。

それでも助けてもらうより他ないので、大人しく穴の中で待つことにした。


あ、そういえばこの落とし穴誰が掘ったのかな。
こんなに深く上手に掘れるなんて凄いなぁ。落ちといて何だけど、怒る気は最初から無い。むしろ謝るか褒めたたえたい気分だ。

こんなだから他のくのたま達に変だと言われるのかな、なんて思っていたら、ふと影が降ってきたので見上げると人がこちらを見下ろしていた。



「おやまぁ、だぁい成功。」



逆光で顔はよく見えないが、紫色の忍服――…忍たまの四年生である事がわかった。



「すみません、出るの手伝ってもらえませんか。」



そう言うと彼は無言で手を差し出してくれたので、ありがとうございますと言ってからその手を掴んだ。
ぐい、と思ったより強い力で持ち上げられて、いとも簡単に穴から抜け出す事ができた。

服に着いた泥を軽く払ってから、もう一度お礼を言おうと顔を上げたら、彼の顔がかなり近くて驚いた。



「…助けてくれてありがとうございました。」

「うん。」

「あなたがこの穴掘ったんですか?」

「そうだよ。ターコちゃん三号だよ。」



この穴はターコちゃん三号、と言うらしい。妙なネーミングセンスだ。

この人がやっぱり掘ったんだ。手が泥だらけなのにさっき気付いた。それなのに、その手で私の顔を擦った。



「顔に泥が着いてる。」

「あ、すみません。でもあなたの手の方が泥だらけですよ。」



懐から手拭いを出して、彼に差し出した。



「はい、どうぞ。拭いて下さいな。」

「ありがとう…でも君はどうするの?」

「ああ、大丈夫ですよ。」



自分の頭巾をとって、それで顔を拭いた。桃色の頭巾は汚れてしまったが、洗えば何とかなる。
でもそれを見た彼が、大きい目をより大きくして驚いていた。



「…いいの?汚しちゃって。」

「洗えば平気です。…あの、助けてくれてありがとうございました。いつかお礼させて下さい。」

「私が掘った穴なのに?」

「助けてくれたのに、変わりはないでしょう?」



にこ、と笑えば彼は大きい目をぱちくりさせて、少し顔を赤くした。

本当は君を落とす為だけに掘ったんだよ、と彼が呟いた。
私は意味がわからなくて、どうしてですか?って聞いたら彼は黙ってしまったので、とりあえずお礼を言って長屋に帰ろうと思ったら、彼がいきなり腕を掴んで引っ張られた。
彼の顔で視界がいっぱいになる。唇に柔らかい感触がして、一瞬で私の思考を奪った。



「…私は綾部喜八郎。」

「……ぇ、」

「…また、落ちてね。」



そう耳元で呟いて、彼は踵を帰して行ってしまった。

私は顔を真っ赤にしたまま、動けずに突っ立っているしかなかった。













穴に落ちて、
恋に落ちて。













(私は両方に落ちてしまいました。)
(彼に、落とされて。)

END


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