◆story◆
□【僕だけが知っている】
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「おらっ、終わったぞ。」
どうやら阿部が磨いたのが最後の一球だったらしい。
阿部はそう言い捨てると、ひょいっとボールのたんまり入った籠を持って立ち上がった。
「俺もちょうど終わり。」
栄口もそれにあわせて、ばらまかれていた雑巾を持って立ち上がり、手にしていた一球を籠に落とす。
そして二人して部室へと歩き出した。
「目を、ね」
「ん?」
栄口のつぶやきに先を歩いていた阿部が振り返る。
「ちゃんと目を見て言ってあげなよ。きっと喜ぶから。」
やんわりと言う栄口に、阿部は何も言わず前を向きなおすと、歩きながら空いているほうの手をヒラヒラと挙げて応えた。
(ほら、やっぱり阿部よりも俺のほうがちゃんと見てる。)
阿部の背中を眺めながら栄口は妙な感傷に浸っている自分に思わず苦笑を漏らす。
(俺だけが知ってる三橋のこと、なくなっちゃったなー…)
阿部は明日、自分のお節介を実践するだろうか。
──そうだといいと栄口は強く思った。
そのままボールの片付けは阿部にまかせて、自分は雑巾を洗ってしまおうと水道へ向かおうとしたその時だった。
「さ・か・え・ぐ・ちーー!」
背後から何かがのし掛かかるような具合に抱き付いてきた。
振り向かずとも、栄口にはそれが誰だかなんて手を取るように分かった。
こんなことを自分にするのは“彼”しか思い付かない。