◆story◆
□【僕だけが知っている】
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【僕だけが知っている】
ある放課後。
部活も終わって辺りはもうとっぷりと暗かった。
そんななか、グラウンドの照明が煌々と照らし出されている下でボール磨きに勤しんでいる影がふたつ。
「なぁ阿部」
「何?」
この作業をしている間、阿部隆也という男はボールを磨く手は何があっても休めない。
何故なら1分1秒でも早く作業を終わらせて、帰って飯食って風呂入って寝たいから。
阿部はそういうヤツだ。
栄口もそれをよくわかっていて、話しかけながらも己の手を休めることはなかった。
「お前さー、ちゃんと返事してやってるか?」
「何を。」
抽象的な質問に阿部は少しイラッとしたようだった。
なんとなく含みを持った言い回しをしたからかもしれない。
「三橋からの挨拶。」
「…どういう意味だよ。」
「基本的なことだよ。『おはよう』には『おはよう』、『はい、どうぞ』には『ありがとう』とかさ。何気ない返事がアイツにはすごく重要なんだよ、きっと。」
「……。」
栄口の言葉に阿部はボールを磨く手の速さをほんの少しゆるめた。が、それを悟られまいとまたすぐに元のペースを取り戻す。
(やっぱね。図星だろ。)
阿部が下を向いてるのをいいことに、栄口は苦笑した。
「それって大切なことだぜ。特にお前と三橋には。」
「うっせぇ。」
阿部が少しだけ悔しそうな顔をした。
「そう。余計なことしちゃったかな。」
そう言いながらも、栄口はそんなこと内心では1ミリも思っていなかった。
少しお節介なくらいでないと、いつまでも三橋の表情は曇ったままだろうから。