◆story◆

□【sweetest crime 上】
1ページ/5ページ

「お前が大切だよ。何よりもな。」

声が響いた、ように聞こえた。…アルト。
すごく良い声 だけど

「……そ…れ は……… 」



残酷 だ 。



【sweetest crime 上】



早朝のグラウンドは冷水のようにひんやりとして澄んでいた。
もう少ししたら、まだ初夏だというのに容赦のない日差しがそれと混ざって、ねっとりとしてくるから嫌だった。

「珍しいこともあるもんだな。」

練習開始までまだ時間がある。
珍しく早く起きすぎてしまった廉は、自主トレも兼ねて早めに練習場に来ていた。
まさかそこに自分より早い人間がいると思わず、背後からの声に廉は思い切り肩を跳ねさせた。

「…っぁ…べくん…。ぉ、おはようっ」

対して阿部は、この時間がいつもどおり。
毎日遅刻ギリギリの廉がここにいるのは珍しくて当たり前だった。

「はよ」

短いけれど、決して無愛想でない挨拶。
阿部から受けたそれに、廉は心臓がきゅうっと縮まる思いに駆られ、思わず下を向いて手のひらを強く握った。
自分のこの気持ちがどういう意味を持っているのかわからず、廉は自分を持て余していた。
その部分だけがいつも不鮮明なのだ、とても。

「キャッチボールでもすっか。」

「う ん!」

嬉しいことへの返事には間を置かない。廉の癖、というよりはもう反射に近くて、無自覚だからこそそれは愛らしさを伴った。
阿部はそんな廉を見て、微かに口元に笑みを浮かべる。
廉はそれに気づかないから、いつでも同じ様子で反応する。
そしてそんな光景が他の部員を和ませることは二人とも知らない。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ