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□ワガママは言いません
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人通りの多い道を、人を掻き分けながら走る帝人。肩がぶつかる度にすいません、ごめんなさいっと声を掛けながら、それでも足を止めることなく走り続けた。
 急いでいる時に限って、こうも賑わっているのはどうしてだろうか。自分の地元なら、自転車ですぐなのに!
 帝人はあれほど憧れていた池袋という街を嫌いになってしまいそうだった。
 それというのも、待ち合わせに遅れそうなのだ。いや、既に間に合わないだろう。さっき見掛けた時計が約束の時間を指していた。それでも少しでも早く着くようにと走っているのだが、人が多く思うように進めずにいた。
 少し遅くなるとメールを入れたから心配をかけることはないはずだ。それだけが帝人にとっての救いだった。
 額に浮かんだ汗が流れ出した頃、待ち合わせ場所が見えた。街頭にもたれかかっているニット帽が見える。
「お、遅くなってすいません…!」
 帝人は駆け寄り、叫ぶように声を出す。はぁはぁと息を吐きながら首を伝う汗を拭い、京平を見上げた。
「おう、まぁそんなに待ってねぇよ」
 京平はにっと笑い、帝人の頭を撫でる。ニット帽の下から見える目は優しかった。
「…でも、10分も待たせてしまって」
「10分ぐらいどうってことないさ」
「……すいません、門田さん」
 続けざまに大丈夫だと言われ、更に申し訳なくなってしまった帝人は謝ることしかできない。
 何もなく許されてしまうのは、ひどく居心地が悪いものだ。許してくれるならそれでいいと割り切ってしまえば楽なのかもしれないが、少しくらい責められた方が帝人にとっては有難い。例えそれが帝人の自己満足だったとしても。
 まったく厄介な性格をしていると自分でも嫌になるのだが、それが自分なのだから仕方ない。
 眉を垂れ下げ俯く帝人に何を思ったのか、京平は少し考えて言葉を発した。
「じゃあ今日は京平って呼べ」
「へ?」
 一体何がじゃあなのだろう。思わず間の抜けた声を出してしまった帝人は、それにも気付かず首を傾げる。その様子に苦笑しつつ、京平が付け足した。
「今日ずっと名前で呼んだら許してやるって言ってんだよ」
「はい、分かりまし……、えぇ!?」
「決まりだな」


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