DARKER THAN BLACK
□雨に消された記憶の行方は
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雨は嫌いだ、そう呟いた少女の声は酷く寂しそうだった。
大地はすでに天から降り注ぐ水分を吸収できないようで、所々に水たまりを作っている。
それでも青空など遠い夢のような空を見上げた蘇芳は小さくため息を吐いた。
「早く止まないかな・・・」
呟いた言葉は雨の音に掻き消される。どこか憎たらしい空を翡翠の瞳で睨むも、当の雨雲たちは気にした様子もなく、滴を地面に叩きつけていた。
だが青空の見えない天を睨む蘇芳も特に外へ行く用事もない。
登山や海水浴、ピクニックなど天候に左右されるような遊戯に行く予定は入っていない。
あの無愛想な保護者がそんなことを提案したら、雨どころか槍が降る。
そこまで考えて蘇芳は若干苦笑するが、すぐに翡翠を細めて再びため息を吐いた。
そんな家族サービスが雨天行で中止になって駄々をこねるような歳ではない。
それに、契約者になったからだろうか、昔ほど行きたいとも思わない。
「・・・でも、嫌いなんだ」
灰の空を見上げてもう一度呟く。
契約者となって好きなものは減った。
まだ人間的にも未熟らしいため、大人の契約者のように日々の楽しみが消えたわけではないが、契約者の端くれとして合理的な判断を下すのに邪魔な好意はほぼ削除されたのだ。
だが、代わりに嫌いなものは増えた。
ニカを殺した虫は嫌いになったし、以前はその存在すら知らなかったからかもしれないが、契約者だって嫌いになった。
そして、その中の一つが雨なのだ。
頭の中で考えを巡らせ何度目かになるため息を吐きだすと、蘇芳は後方から何かの気配を感じて振り返る。
「何が嫌いなんだ?」
何となくは分かっていた。
そこにいたのは、不器用で無愛想で、でもどこか優しい保護者。濃紺の瞳をこちらに向けて、無感情な目で眺めてくる。
「・・・・別に」
その問いにぶっきらぼうに返事をする。
自分もこういうところは酷く不器用だと思う。
雨が嫌い、そしてその理由を言ってしまえば楽なのだ。
きっとこの優しい黒髪は静かに「馬鹿か」なんて言って頭を撫でてくれるのだろう。
そうすれば自分の心も落ち着いて、軽くなる。だがそれは彼に依存してしまうということなのだ。保護者の腕の中が心地よくて、離れられなくなってしまう。
「・・・何でもない」
だから、言わない。
彼を困らせ、自分は気持ちの良い思いをするのはおかしいのだ。
すると、今度は黒髪の深いため息が聞こえた。
怒っているような呆れているような、そんないろいろな感情が絡んだため息。
そして、保護者の長い腕が伸びてきて、蘇芳は反射的に翡翠の瞳を閉じ次に来る衝撃の心構えをする。
質問に答えないことが気に障ったのか、それとも愛想のない自分に呆れたのか。
「お前のことだ・・・どうせ・・」
そう呟いた声は酷く穏やかで、蘇芳に感じられた衝撃は頭に乗せた保護者の手の重みだけだった。
瞑っていた目を開け、保護者の顔を見る。
いつもは見せない柔らかい笑み。基本無表情な彼の貴重な表情の中でも特に柔和なものだった。
「記憶がどうの、なんて言うんだろ?」
そう言いながら黒は蘇芳の赤い髪をかきまわす。
「・・・何で、分かったの?」
頭を撫で回されていることよりも普段見せない表情を見たときよりも、酷く驚いたのは蘇芳の考えていることを当ててしまったことだった。
確かに自分は誤った記憶に関連したことを雨を見ながら考えていた。
大量の雨は全てを流し、そこにあった歴史も記憶も流してしまうようだったから。
→次頁あり