DARKER THAN BLACK

□戦場を横目に二人は
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 青い空に薄い雲が浮かぶ晴天の昼下がり。
 後ろを小幅で歩くドールを気にしながら黒は商店街へと歩を進めていた。

 契約者の餓鬼もマオもいない今日。少年ドールを一人にしておくわけにもいかないので、「買い物に行くか?」と問えば小さく頷いて意思を示した。

 そして今に至るのだが。

 この歳の子供であれば、外の世界に興味を持ち、見たこともない道具や景色に興奮するはず。
 しかし、この少年はそのようなことに一切関心を向けないようで、無感情に足だけを進めて行く。

 ドールであるから仕方ない、そう言えば仕方ないのだが、やはり歳相応の反応を見せてほしいものだ。
 それも自分が言えた義理ではないのかもしれないが。

 そこまで考えて、思考をジュライから辺りの風景に切り替えると既に目的地に付いていることに気が付いた。
 平日の昼であるため、夕食時と比べれば人は少ないが、安価が売りのこの店は空いている(すいている)とは言い難い。

「離れるなよ」

 そう呟いて、少年の小さな手を取って中へ入って行く。
 若干ながら握り返しているジュライの手を確認して、人で賑わう食品コーナーを目指した。

 平日であるというのに広告を見てか口頭で聞いてか、半額商品の周りには主婦たちが集まっている。そこは「どこぞの戦か」とでもいうように激しい争奪戦が繰り広げられていた。
 普段ならその隙間を縫って目当ての品を、争いに巻き込まれることなく奪えるのだが、今日はそうもいかない。

 手に感じる相手の体温を確認してその戦場から離れた。

 いつかのようにいつ拐われるかも分からない。

 一瞬でも目を離して人質や人身売買のために誘拐される可能性も否定はできないのだ。
 蘇芳ならまだしも、ドールであるジュライは相手に強引に連れ去られても抵抗はしないだろう。
 それならば自分が傍にいてやらねばならない。

 そこまで考えて何か視線を感じて隣の少年を見下ろしてみる。

「……何だ?」

 すると少年は黒を見つめていた灰色の瞳をずらした。

「……買わない?」

 何を、と尋ねようとしたが、ジュライが見つめる方向が先程の戦場だったため、それはやめておいた。
 食品を買いにやって来たというのに、食品コーナーから遠ざかってしまったのだ。疑問を持つのも自然なこと。

 だが間違っても「お前のせいだ」とは言えないし、別にそう思ってはいない。

「……いや」

 黒はもう一度あの戦場へと視線をやった。
 未だに主婦たちの争いは収まっておらず、きっとあの兵(つわもの)たちがいなくなる頃には、あの半額商品たちは跡形もなく消えているだろう。

 だが特に半額商品にこだわる必要はない。
 それなりの金は持っているし、いざとなれば金銭を稼ぐ方法くらいは知っている。

 そこで黒は濃紺の瞳を小さなドールにくれてやり、小さく尋ねた。

「……何が食いたい?」

 本来ドールに意思を尋ねるのはおかしいのかもしれない。

 感情も意思も持たないドールという人間。

 しかし蘇芳と行動を共にして、この少年も若干ながら変わってきている。
 尋ねれば答えるし、自分の考えを相手に伝えることだってあるのだ。ドールとしては異質なのかもしれないが、黒自身その兆候は特別悪いことだとも思わない。

 するとジュライが小さく動き歩き出し、近くの壁に貼ってある広告の前で止まった。
 それに付いて行き、次の少年の行動を待つ。

 そしてドールが指を持ち上げて差した食品を見て、黒は少し目を細めて微笑んだ。

「……これ」

 無感動な声色で放たれた言葉と同時にジュライは黒を見上げる。

 レトルト食品の広告。
 大きな文字で自慢の文字を掲げたその内容はハンバーグ。
 いくらドールといっても、このようなところはまだ子供だと思える。
 どんなに感情を殺されて無関心な瞳をしていても、まだまだ子供で、どこか微笑ましく感じてしまう。

「分かった」

 小さく呟いて答えて、離れていた手をもう一度繋ぎ直した。
 そして戦場から少し距離のある肉売り場へと歩き出す。
 広告ではレトルトだが、既製品など食べてやるものか、と手作りを決め込んだ。

 食べ盛りの子供たちはきっと完食してくれるだろうな、と頭の隅で考えながら「残すなよ」と一言。
 だがやはり想像すれば何となく嬉しくて、いつもより一つ多めにひき肉を買い物かごへと放り込んだ。





‐‐‐‐‐‐‐‐

 慢性的なスランプ。
 この黒髪はどこの主婦だ。



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