DARKER THAN BLACK
□散り行く桜の中で
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微風に吹かれて舞う桜は美しくも儚く、蘇芳はそれを無感情な瞳で追っていた。
家のすぐ近くに立つ一本の桜。
人で賑わう花見会場から遠退いて一人淋しくさ迷うように生きている。
その仲間はずれの木を眺める人間は蘇芳だけで。しかし「見てくれる人がいるならば」とでも言うようにしっかりと大地に根を張るそれを見ると、何だか自然と笑みが溢れた。
しかし同時に酷く悲しく感じるのは何故だろう。
可哀想とでも思っているのか、同情しているのか。
それとも――――
そこまで考えて後ろから気配を感じて、桜から翡翠の瞳を地上へと移す。
「何をしている?」
そこには男がいた。
微風に揺れる黒髪と深い濃紺の瞳を持つ保護者。低くてどこか落ち着く声に蘇芳は「別に」と一言返してまた桜を見上げる。
一枚、また一枚、と地に落ちる花びらは自らの役目は終わった、と言わんばかりに随分と潔い。
散る運命と知っていながら何故咲くのか。
生物学的に考えればきっと違う答えが出るのだろうが、蘇芳には殺されるために咲いているように見えた。
この世で桜として生まれ、散ることこそが美学と教え込まれたように。何の躊躇いもなく風に吹かれて舞い落ちる。
「……寂しいね」
自然と蘇芳の口から出た。
この木自体はまだ生きている。これから緑の葉を生い茂らせ、それが落ちても木は生きている。
だが、今咲いている花はここで死んでしまうのだ。
来年はまた違う花が咲く。
今年の少し寒い気候も知らない花が咲く。
蘇芳が今見ている桜の花はあと数日で散り、蘇芳を知らない桜の花がまた咲くのだ。
「もしかしたら……」
自分たちも同じなのかもしれない。頭の中で考える。
何のために契約者が生きているのか。
突然、不思議な力を手にして、感情を奪われて、そして追われて殺される。
これでは殺されるため、死ぬために生きているようではないか。
散る様が美しくそれを強制されている桜と、前ぶれもなく契約者となった人間が死を求められている様子が、あまりにも酷似していた。
契約者が全て消え、偽りの空の星が全て流れたとするならば、本物の美しい星空が帰ってくるのだろうか。
契約者がいなくなれば、この世は現在よりも平穏で静かな空間となるのだろうか。
全ての人間から死を望まれているのではないだろうか。
「……僕は」
消えた方がいいのかもしれない。
小さく揺れながら落ちる花びらを見ながら、蘇芳は頭の中でそう考えた。
普通の契約者はきっとこんな事を考えない。曰く合理的ではないから。
だか、人間的にも契約者的にも未熟な蘇芳にはそう思えて仕方がないのだ。
一体自分は何を考えているのだろう。
散る桜を見ていた瞳を伏せる。
そうしていると、後ろの方から深い溜め息を吐く音が聞こえた。誰かは分かっている。
不器用で無愛想な黒髪の彼。意外と優しいことを知って大分時間がたったと思う。
静かな草を踏む音と共に近付いて来る黒は小さく呟いた。
「契約者の潔い死に方も美学かもしれないな……」
蘇芳の考えを言い当てたような、その言葉が蘇芳に重くのしかかる。自分の存在を否定されているようで、悔しいはずなのにどこか受け入れてしまっていて。
酷く落胆した感情から「うん」と小さく答えた。
すると後方からはまた一つ呆れたような溜め息が聞こえる。
その後に「……だが」と付け加え、後ろの黒髪は蘇芳の隣へと歩いて来た。
「無駄に長生きするのも悪くないと思わないか?」
その問いの意外さに蘇芳は伏せていた翡翠の瞳を上げ、黒の顔を見上げる。
そこにいたのはいつもの黒髪。なのに少しの笑みを口元に浮かべる彼はどこか別人のように思えた。
桜を散らす微風が黒髪を揺らしている。
あんなにも憎かったはずの彼の長身も深い濃紺の瞳も、今はすごく頼りになった。
「子供二人くらい……どこでも連れ回してやる」
そう言うと保護者の大きな手が蘇芳の赤い髪を掻き回す。
自分の発した言葉に照れているのか、顔はいつもの無表情に戻り、横へ背けてしまった。
何だかその必ず損をするであろう見つけにくい優しさが嬉しくて、蘇芳は翡翠の瞳を細め、本日初めての笑みを見せる。
それからあの口煩い小動物を思い出して「モモンガもね」とからかい気味に付け足すと、不器用な黒髪は溜め息混じりに「そうだな」と返される。
吹いていた微風が止んだ。
彼と共にならどこまででも逃げられる、そんな気がした。
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なんだか黒が男前。