DARKER THAN BLACK
□白色の日に気付いた感情
1ページ/1ページ
「これは歪な愛の形」のお返し。
大きく膨らんだ二、三のビニール袋を台所の卓に置くと、黒は小さく溜め息を吐いた。
「一体俺は何をしてるんだ」
呟いた声は空気に溶け、その虚しさからかもう一度溜め息を吐き出す。
小売店のビニール袋に手を突っ込んで中身を出してみれば、全く金の無駄遣いとしか思えない甘味や菓子の作製時に使用する装飾品の数々。
一体これを何に使うのか、と問われれば、もちろん菓子を作るためなのだが。
「何故、俺が……」
――三月十四日。
あの契約者の餓鬼から自称ハート型でチョコレートにあるまじき食感を持つチョコもどきをもらって一ヶ月の今日。
あんな物に返す必要があるのかと自問したが、物欲しそうな目で見られれば引くわけにもいかない。
本来ホワイトデーなるものは好意がある場合にだけ返すものであって、物欲光線を放出する目を向けるのは反則ではないか。
だからと言ってあの餓鬼が嫌いなわけでは決してなくて。
そこまで考えて黒は何故だか熱が上がるような、おかしな高揚感覚えた。
「別に好意があるわけじゃない」
多分、と頭の中で付け足して無駄に買い込んだ菓子の原料たちを並べていく。
チョコレートはもちろん生クリームに果物各種、アイスなんかも入っていて、その量に若干顔を引きつらせながら黒は腕の服裾を捲りあげた。
だが、次に聞き慣れた高い声が聞こえて固まってしまう。
「ただいまー」
何故今帰ってくるのか、そう思わずにはいられない。
まだ幼さが残る声に小さな背丈、活発な赤髪を揺らして、それに映える翡翠の瞳がこちらを向く。
何もいかがわしいことはしていない。寧ろあの蘇芳のために菓子を作ろうとしているのに、酷く恥ずかしく感じた。隠そうとも考えたがこの量を一瞬で消し去ることは不可能そうだ。
「何してるの?」
不思議そうに台所の惨事を見つめる蘇芳が言う。
それはそうだろう。小さな台所に所狭しと詰め込まれたのは甘味ばかりで、しかもその中心には大人の男がいる状況。滅多に拝むことはできない光景ではある。
何とかして言い訳を考えようと頭を巡らすのだが、目の前の少女の好奇な目が痛くて脳は仕事を果たさない。
「……あ、いや」
輝く翡翠の瞳から逃れるため、顔を反らす。
「もしかして……ホワイトデー?」
何故女というのはこういう時の勘は鋭いのか不思議でたまらない。三月十四日に菓子が乱雑していれば、誰でも気づくものなのだろうか。少なくても自分は気付かない。
反らしていた濃紺の瞳を少女に向ける。
その顔は期待やら歓喜やらでだらしないくらい綻んでいた。
「…………悪いか」
無愛想にそう言ってやれば少女は勢いよく首を横に振って、契約者とは信じられない満面の笑みを顔に刻んだ。
一体何がそんなに嬉しいのか知らないが、何故だかこちらも心が暖かくなる。
「ねぇ、何作るの?」
そう尋ねられると正直困る。
実際何を作るかなんて決めてはいなかったし、こんなにも期待に満ちた瞳で見つめられれば「ただのチョコ」とも言えない。
若干の間を置いて、沈黙が流れた後に黒はゆっくり口を開いた。
「……何が、食いたい?」
ホワイトデーに相手に尋ねるのもおかしな話なのかもしれない、と思いながらも黒は濃紺の双眼を少女に向ける。
少し考えるように蘇芳は目を細める。
そして何か思い付いたのか、また小さな顔に笑みを作って黒を見るため頭を上げた。
「パフェが食べたい」
あの無駄に生クリームが乗ったあれか、なんて考えて黒は小さく「分かった」と答える。
買って来た材料で何とかなりそうで、彼女も食べたいと言うのだから断る理由はどこにもない。
早速取り掛かろうか、とチョコレートを手に取る。
しかしまだ少女の気配がそこにあって、居間へ追い出そうとするが嬉しそうな彼女を眺めて、それはやめることにした。
代わりに「一緒に作るか?」なんて聞いてみれば、翡翠の瞳を見開いて、しかしすぐにいつもの笑顔を作り出す。
「うん!」
元気な返事と共に近付いてくる少女を見て、何だか酷く微笑ましく感じた。
きっと今の自分の顔はおかしなくらい緩んでいるのだろう。
この気持ちに今まで気付けなかったのだが。
もしかしたら、これは特別な感情なのかもしれない。
そんなことを漠然と考えて手にあるチョコレートを割ってみた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐
バレンタインのお返しのお話。
リベンジしたいな。