DARKER THAN BLACK
□不器用親子と参観の日
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《授業参観の案内》
何度眺めたのか、蘇芳はいつ見ても変わらないわら半紙を手に持っていた。
中学校に入って二年目の春。
幼い頃から学校行事と父には縁がなかった。体育祭も学園祭も父が来たことは一度もない。
それは今後の変わらないことだと思う。
既に寂しいとか悲しいとかそんな感情は持ってはいないと感じているが、何となく父に家以外の自分の姿を見てほしいような気がしないこともなかった。
そこまで考えて蘇芳は数週間に担任から貰った《授業参観の案内》の紙を丸めてゴミ箱へと放り投げた。
「どうせ、来ない……」
来ないものを見せても仕方がないし、相手も迷惑だろう。
そして蘇芳はひとつ溜め息をつくと、机の上に用意してあった鞄を肩にかけて部屋を出た。
学校はいつも通り。
鉄骨とコンクリートで造られた無愛想な建物に若い男女が入って行く。蘇芳もそれに習って決められた教室へと足を運んだ。
学校自体、嫌いではない。気の合う友人はいるし、授業もそれほど苦痛ではない。
だが行事だけは好きにはなれなかった。
一緒に騒ぐ友人も行事の時は親が来る。校舎内を案内し、自らの作品や功績を紹介するのは子供の役目。父の来ない蘇芳はいつも一人になってしまうのだ。
「……もう慣れたじゃないか」
言い聞かせるように蘇芳は呟いた。幼い頃から親のいない学校行事にはもう慣れている。
だが、普段より入念に掃除された廊下や、保護者のために教室の後ろに陳列している椅子を見ると疎外感に似たものを覚えてしまう。
小さく溜め息を吐いて蘇芳は左端三列目の自分の席に腰を下ろした。鞄から教科書やらノートやらを取り出し、引き出しの中へ突っ込む。
周りからは親が来るのか来ないのか、なんて会話が聞こえたが、特に気にする事もせず、教室の端にかかる時計を見る。丁度授業が始まる頃だった。
沢山の親御さんにお集まりいただきまして、なんて決まりきった文句を言って始まった授業参観は既に半分ほど時間がっている。
いつもより落ち着きがない辺りは親の来訪で緊張しているのか、それとも張り切っているのか。どちらにしても蘇芳には関係のないことだった。
だが、次の担任の言葉で蘇芳は内心深く溜め息を吐いた。
「保護者の皆様はお子さんの近くでご覧ください」
そんな無意味なことはしなくていい。
そう悪態付きながら蘇芳は周りを見渡す。着飾った母親や父親が子供の隣でノートを覗き込み、小声で話しかけている。
蘇芳は何度目かになる溜め息を吐きながら前に向き直った。
この授業参観なるものが既に無意味なのだ。指定された時間に来て常の授業風景を見る。
しかし念入りな清掃活動も、落ち着きがない生徒に教師が叱らないのも常のことではない。これでは日常どのような授業が展開されているかなど分かるはずがないではないか。
そんな持論を頭の中で巡らしていると小さな衝撃が椅子を伝わって蘇芳に届いた。
椅子の脚を蹴られたようなその感覚に若干の苛立ちを覚える。しかし、次に聞こえた声でその感情も頭から消滅してしまった。
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