DARKER THAN BLACK
□果てまで続く海の一辺で
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まだ寒い立夏の海。
蘇芳は誰もいない海水に足を濡らし、無表情に果てを見つめた。
世界に続く海の一辺に浸っていることが、優越にも似たものを感じる。
自分の記憶に自信が持てないでいた。造られた身体に造られた記憶。家族揃っての水族館の記憶もただの模造品に過ぎないことが分かってしまった。
それを全て黒に話した。
コピーである自分を、人間であるかも怪しい自分をこの人はどのように見るのだろう。――そう、単なる好奇心。
しかし、ただの好奇心であるはずのその感情は何故だか拒否されるのを恐れていた。黒に拒絶され軽蔑されるのが怖い。
だがその複雑な思案が杞憂に終わったこともまた確かなことだった。
「だったら……何だ?」
その言葉が無表情の黒髪から出たときは驚きもあったが、どこかで期待していたのかもしれない、嬉しさも込み上げて来たことを覚えている。
そして黒は無愛想な表情そのままに「その水族館の思い出とやら以上の記憶を作ればいい」なんて紳士的発言をし、何故か連れて来られたのは――海。
確かに海は遥かに規模も魚の種類も水族館以上のものを持っているのだが。
「……そういうことじゃない」
コンクリートの階段に腰かけている黒を睨み気味に見ながら、蘇芳は小さく溜め息をついた。
あの黒髪は冷静で強力な男であるのに、どこか抜けている。
生活に必要な知識やら戦闘に必要な知識やらは有り余る程持っているというのに。なんと言うか、強いて言うなら異性に対しての扱いだとかは人並み以下だ。
そこまで考えて、蘇芳は海につかっていた自分の足が思って以上に冷たくなっているのに気付いた。少し青く変色していて、慌てて海から抜け出す。
それから波の来ていない白色の砂まで戻り、服が汚れるのも気にせずそこに座った。
後ろを向くと、まだ無表情にどこかを見つめる黒が階段に座っている。
自分から連れて来といて、と一時は怒りを覚えたが、コピーの身体や偽の記憶で傷心している蘇芳を彼なりの不器用な優しさで励まそうとしてくれているのだろうと今は感謝すら出てくる。
「あっ……」
厚い雲の間から時折見せる太陽の光で一瞬光った物体を蘇芳は見逃さなかった。
ガラスなどとは何か違う気がして、服についた砂を簡単に払うと蘇芳は記憶を頼りに光る物体へと近付く。
「すごい」
それは少し大きめの真っ黒な貝だった。
表面は艶のある黒色で少しの傷もない、美しいもの。だが、白が支配するこの砂場ではこの黒色の貝はやけに孤独で異質なものに違いなかった。
それでも自分は間違っていないと言うように一点の曇りもない黒色は高貴である。
「なんか、誰かに似てる」
孤独で寂しいくせに強がるあの人に。何だかその貝を見ていると面白くなって、吹き出した。
「……何を笑っている」
この周囲に人はいないと思っていた蘇芳は、突然聞こえた低い声に反応して後ろを振り返る。
そこには先程まで階段に腰かけていた黒が、濃紺の瞳を蘇芳に寄越しながら立っていた。
「……貝?」
蘇芳の手に持たれていた大きめの黒い貝を見つけると、黒は身体を若干乗り出してそれを凝視する。やはり珍しいものなのかもしれない。
「なんか、誰かに似てるって思ったから」
寂しそうな感じとか、可哀想な感じとか、と一緒に付け加えて、なんとなく正直に答えた。
それを聞いて黒は少し、濃紺の目を細めて言う。
「俺は寂しくも可哀想でもない」
若干の静寂。
そんな答えが返ってくると思っていなかったため、蘇芳は溜め込んでいた笑いを吹き出した。
それを無表情に言うものだから面白くて仕方ない。
子供みたいに機嫌を悪くした黒は「帰る」と言うとと踵を返し、元いた階段の方へと歩いて行ってしまった。
その行動も何だかおかしくて蘇芳は湧き出る笑いを必死に堪えて黒のあとを追う。
黒色の貝をポケットに入れて、こんな思い出を求めていたのかもしれない、と頭の隅で考えた。
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黒い貝があるのかないのかは知りません。すみません。
しかしシリアスから始まって何故これで終わる。