DARKER THAN BLACK

□呟いた声は闇へと消える
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 一寸の狂いもなく規則的に時を刻んでいく秒針が、やけに大きく聞こえる深夜の真っ只中。

 蘇芳は薄い布団の中で身体を右へ左へと動かし、小さく唸っていた。

「寝れない……」

 いつもなら既に夢の中、この闇の時間があることも忘れて寝ているところだが、今日は何故か眠ることができない。
 特に朝遅く起きたわけでも、一日中寝て過ごしていたわけではなかった。なのに眠気らしきものは一向に訪れる気配がない。

「何でだよ……」

 隣にいるジュライとマオは憎たらしいほど安らかに眠っていて、その頬でもつねってやろうか、とも考えたが何だか惨めになってきたのでやめた。
 静かに一つ溜め息をついて、月明かりのない曇り空を窓ごしに見上げる。それが永遠の闇のように見えて頭の隅に追いやっていた恐怖心が湧き出てきた。

 蘇芳自身、それほど苦手なものは多くないと思っていたのだが、どうやら闇は苦手らしい。
 小さく身震いして固く目を閉じる。それは闇を深くする行為だと蘇芳にも分かってはいるのだが恐怖という痛みに耐えるにはこれしか浮かばなかった。


「あっ……」

 その時、蘇芳の頭に何か押さえ付けるような感触が当たる。一瞬小さく肩を震わせたが、徐々に感じる人肌のような暖かさに瞼の下に隠していた翡翠の瞳を現した。

「……何をしている?」

 小さな低音の声。
 夜の闇に溶け込んでしまうような黒い髪に濃紺の瞳は、よく知った顔だった。

「………黒…」

 掠れた声で蘇芳が発したのは目の前で彼女の額に掌を乗せている男の名。
 無表情に見つめる闇色の瞳の奥にはどこか心配の色も含んでいるようにも思えた。

「どうした」

 声はいつものまま。
 抑揚のない落ち着いたそれは恐怖と孤独が占めていた蘇芳の心に何故か染み入ってくる。
 きっとこの暗闇も助力しているのだろう。強がることを忘れて、素直になってしまう。

「……眠れない」

 静寂が支配するこの空間だからこそ届くような声で蘇芳は空気を揺らした。
 その次に小さな、しかし深い溜め息が聞こえる。この歳になって夜が怖いなど呆れられてしまったか、それとも怒ってしまったか。思いを巡らせ蘇芳は目を細くしたが、翡翠の瞳に映った黒髪の表情はどちらでもなかった。

「………餓鬼」

 そう言いながら黒は小さく笑っている。
 もしかしたら闇がそう見せているのかもしれない。本当は苦笑いなのかもしれない。だが、蘇芳には優しく微笑む男に見えた。

「………うるさい」

 蘇芳の額にあった黒の手は薄い布団の中に入れられ、そのまま彼女の手を握った。

 何か言おうとしたが、咄嗟の一言が出てこない。

 しかし何故だかその行為は心地良くて、安心した。大きくて、お世辞にも気持ち良いとは言えない骨ばった手。

 黒はこの手を嫌っていた。
 人を殺して、傷付けて、未来を奪い取る手だからと。
 だが蘇芳にはそう感じることはできなかった。
 確かにその手は大量の人の血を浴びている。だけれど、その手は美味しい料理を作れる。蘇芳が不安に潰されそうになったら、手を取ってくれる。そして、友人を殺すことを止めてくれる。そんな手なのだ。

 横を見れば「まだ寝ないのか」と言わんばかりの瞳がこちらを見ていて、つい口には笑みができてしまう。

 さっきまで怖くて仕方なかった胸の中、今は嬉しさと恥ずかしさがその全てを占めていた。

 その平穏を与えてくれた彼の耳元で「おやすみ」と一言言って、大きな手を握り返す。

 瞳を閉じればまた闇は広がる。だが今は横にいる闇色の彼の不器用な優しさで、蘇芳の心の中は光に包まれていた。
 いつもぶっきらぼうな癖に助けてほしい時は一番に傍にいてくれる。なんだかズルイと思いながら蘇芳は意識を暗闇へ沈めていく。


「……ああ」

 その途中で彼からの返事が聞こえたような気がした。






‐‐‐‐‐‐‐

 なんだか喋ってる辺りでマオやらジュライが起きそうですが、まあいいや。
 このまま黒も寝ればいい。そして朝起きて慌てればいい。





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