DARKER THAN BLACK

□正午、卓を囲んで
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 珍しいことに何かと付きまとう蘇芳の姿はなかった。先日仲良くなったキコとかいう娘に誘われたようだが。

 黒は久しぶりに訪れた静寂に小さく欠伸を漏らして、部屋の中を見渡す。道連れにされたマオの姿もなく隣にちょこん、と座るのは少年ドールが一人。

「お前は、行かないのか?」

 そう言えば無感情に前を見据えていた少年の瞳は黒へ向けられた。

「……別に」

 無愛想に告げられた答えに特別気を悪くするでもなく、黒は「そうか」とだけ言い、会話を中断する。
 元はMI-6のノーベンバーたちのドールとしてその任を担ってきた彼だが、あの英国紳士がこの世から消えてしまった今、興味本意で拾ってみたのだが意外と役に立っている。
 特に手のかかる少女契約者のライフル標準を合わせることにも一躍買っているのだから、手放すわけにはいかないし、手放したいとも思わない。

 そこまで頭を巡らせて、支配していた静けさが崩れる雑音で現実へと引き戻された。

 その低い音は隣の少年の腹から出ており、それでも本人は無表情のままで気にした様子はない。が、壁の端にかかった時計が指し示す針の時間で彼の訴えようとしていた事実が明らかとなった。

「腹、減ったか?」

 何かと無機質なものに見られがちなドールの、数少ない人間味溢れる様に黒は濃紺の瞳を細めながら問う。
 以前なら怖がられていたのか何なのか蘇芳ばかりにくっついていたジュライも最近は自分にも懐いてくれる。

「……うん」

 こんな風に問われれば素直に自らの口で返事をする。
 それが嬉しいと聞かれればそうではないのかもしれない。ただどこか安心するような、つい口の端を上げてしまう。
 その様子をあの口煩いモモンガに見られた時は「それが親心だ」なんて言われた気もするが、未だに意味が分からない。

「よし、何か作るか」

 ジュライの金の髪をかきまわしてから立ち上がる。

 昨日、買い物へ行ったばかりだから食材の欠片くらいなら残っているだろう、と冷蔵庫を開けてみれば案の定。

 大量に買い込んだキャベツに、使い道が広いひき肉、卵なども二人分の料理を作るには十分な量がある。棚には小麦粉やら調味料やら何となく揃っているだろう。

 作るものは既に決まっていて、作り方も頭の中で構成済み。

 あとはあの少年ドールが手作り料理を気に入ってくれるかくれないか。
 感情を表に出さないドールだが残さず食べてくれる事を思い描いて黒は小さく笑みを作った。



「おいしい……肉まん」

 出された食事に手をつけ、美味いと言ってくれるのはありがたい。だが、断じて目の前に出されている食べ物が肉まんであることはない。

「ジュライ……それは餃子だ」

 黒は溜め息混じりで訂正し、自分の皿に盛られた餃子を口に放り込んだ。
 久しぶりの中華料理に若干手間どったが、味の方は変わりがないらしく、自分の味覚が常人並なら人に出しても文句を言われるような物ではない。

「ぎょうざ……」

 ジュライは箸の間に挟んだ餃子を見つめ小さく呼称を言ってみる。それを三口ほどに分けて小さな口に押し込むと、もう一度「おいしい」と無感動な瞳を若干細めて言った。

 どうもこの感情の欠落したドールに言われると、嬉しいような恥ずかしいような複雑に混じり合ったものが生まれる。
 それはきっと感情がないからこその純粋無垢な彼が発言するからなのかもしれないが。

「……インプット」

 極小さな声が隣から聞こえた。それに黒は首を傾げながら「何だ?」と尋ねれば、ジュライは食べ終わって律義に手を合わせながら答える。


「黒、料理上手をインプット」

 つまるところ「覚えた」という意味なのだろう。
 感情が消された彼らには必要最低限の単語しか頭に入ってはいない。それがどんな感覚なのかは黒には計り知れないが、知りうる限りの語意を繋げて彼は自分に感謝を述べているのだと分かった。


「……好きにしろ」

 素直に「ありがとう」と言えないのは、嬉しいくせにどこかで気恥ずかしく思っているせいで。

 しかし、何となく悪い気もするのでジュライの小さな頭を力一杯撫で回し、礼の代わりにしてもらうことにした。




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 無口同士が集まると文字ばかりが多くなりますね。
 もっと《黒←ジュラ》みたいなのが良かったんですがあら不思議、真逆になりました。




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