DARKER THAN BLACK

□これは歪な愛の形
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 バレンタインだって何だって郷に入っては郷に従え。


 何だか台所から悍しい(おぞましい)音が聞こえるが、それはきっと気のせいではない。
 時折、規則正しい包丁とまな板が交わる音が鳴るが四、五回続くと次は悲鳴が響く。

「蘇芳…、一体何を――」
「来ちゃダメ!」

 追い返された黒は一つ深い溜め息を吐いて、その場を後にする。

 朝、台所に入ってからというもの蘇芳はずっとこの調子だった。様子見に近付けば「来るな」だの「あっち行ってろ」だのと台所の中を見ることさえできない。
 モモンガ一匹通さない厳戒体制でマオも潜入捜査に失敗した。

 おかげで朝食も昼食もおあずけ状態で、それを蘇芳に言えば「僕も食べてない」なんて不可解な答えを残して消えて行った。

「蘇芳…、何をしてるかだけでも教えてくれないか?」

 機嫌を損ねて夕食までも腹に入らなかったら黒としては困る。そのため、できるだけ優しく穏やかに声をかけてみる。

「……あと少し」

 この言葉を今日、何回聞いたのだろうか。しかも結局質問には答えていない。

 どうするべきか、と考えてはみるのだが、いつも以上に頑固な蘇芳を台所から退けることは非常に難しそうだ。
 台所に入っている以上、食べ物を作っていることは間違いないのだが、問題は蘇芳が何を作っているのか、である。
 いつかの雑草スープで分かったことだが、蘇芳の調理の才能は壊滅的という言葉がぴったりだった。二食分を抜かしてまで作り、それ相応の食物が出てくるとは到底思えない。

「……よしっ!」

 そうしている内に、台所の方からやりきったような満足したような溜め息が聞こえた。
 次に蘇芳には少し大きめな黒色のエプロンを外しながら、台所から顔を出し屈託のない顔でにっこりと笑う。

「蘇芳……?」

 何かを隠し持つように両手を後ろに回して黒の前に現れた蘇芳は契約者になってからあまり見られなくなった笑顔を寄越す。

「じゃじゃーん!」

 効果音らしき声で登場した蘇芳の両手には茶色の物体がちょこんと乗せられていた。
 所々突き出したり、凹んだりした歪(いびつ)なそれを蘇芳は誇らしげに見せびらかす。



「…なんだ?台所で泥遊びでもしてたのか」

 黒が茶の物体を凝視し、小声で言うと蘇芳はあからさまに下賎そうな眼で黒を見る。

「チョコだよ、チョコ」

 そして蘇芳は不機嫌を隠そうともせず、普段より若干低く声を出し訂正を入れた。


「星型か」

「ハートだよ、失礼だな」

 またも訂正を入れ、蘇芳は黒の目の前で自称ハートチョコを突き出す。照れ隠しのつもりか、そっぽを向いたままで。
 驚いたようにチョコと蘇芳を見比べていた黒が「俺にか?」と問えばぶっきらぼうに「他に誰がいるのさ」なんて返して来る。

 状況が理解できない、とばかりに黒はマオを見るが、モモンガは意味深げな笑みを向けるだけで何もしない。
 とりあえず差し出された物を受け取らないわけにはいかないので、ごつごつとしたチョコを蘇芳の手から受け取った。

「……一応、礼は言う」

「…別に」

 一言ずつ言葉を交して黒は歪なチョコレートを見つめる。
 一日中かかってこれか、なんて呆れてみても身体は正直で、黒の綻んだ顔は当分元には戻らなかった。




自称ハートチョコを食べようとど真ん中から真っ二つに割ったところ、黒の顔面に蘇芳の拳が飛んできたのはまた別の話。





‐‐‐‐‐‐‐

 バレンタイン当日に書いて結局間に合わないという。申し訳ありません。

 これの黒のお返しはプロ顔負けのチョコレートパフェがいい。

 ロシアはぬいぐるみなんかをあげるそうです。可愛らしい。




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