DARKER THAN BLACK

□雨降りの屋根の下
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 ――どうしてこうも、ついてないんだろう。

 蘇芳は小さく息を吐いて天を見上げた。
 外に出る前はサンサンと輝いていた太陽はいづこへ、今は厚い雲が覆い被さっている。
 まずいな、と思った時にはすでに遅く槍のような雨が地を黒く染めていった。

「それもこれもあいつが…」

 頭によぎったあいつ。
 黒い髪に濃紺の瞳、無口で無愛想で笑いもしない。悪い奴じゃないことは最近になって分かったが、やはりあの静寂は居心地が悪い。だから飛び出して来たのだが、よりにもよって土砂降りになってしまうとは。
 出てきた自分が一番愚か、それは重々承知。

「どうしよ……」

 雨宿りとして民家の屋根を拝借しているが、いつまでもこうしてはいられない。
 しかし雨雲もここから動く気配は見せず、ただ嫌味ったらしく雨を降らせ続けた。

「早く止んでよ」

 細い眉を八の字にして天に頼んでみる。それは却下されたらしく、それどころか一層雨足が強くなった気がした。

 人が通らないこの住宅地に一人佇んでいるのは予想外に寂しいものだった。

 地面を叩く雨の音だけが耳に入って、その音があるのに何故か深夜の夜中のような静寂も感じる。
 どんな物体の気配も雨が掻き消しているようで、この空間に自分一人だけが取り残されたような、そんな錯覚すら起こしてしまう。

「なんか……やだ」

 この孤独感を取り払いたくて胸のペンダントからライフルを取り出し、ぶっぱなしてやろう、なんて考えたがそれも未遂で終わった。

 あいつと約束したんだった。

 律義にそれを守るのは相手も守ってくれているから。酒を飲まないという約束。
 あれから飲んでいる所を見たことは一度としてない。
 自分から約束をしておいて破るなんてことはしたくないだけ。別にあいつが言ったから、とかじゃない。

 そこまで考えて、ふっと我に返ると雨音の他に何か鳴っていることに気が付いた。
 水溜まりを歩く足音。

 一つ生唾を飲んで蘇芳は胸のペンダントに手を重ねた。

 大量の雨で視界は遮られ、何が来るかは分からない。ただ足音からして、こちらに近付いてくるのは分かった。

 音が近づく度、ペンダントを握る手の力も強くなる。



「………蘇芳?」

 ライフルを取り出そうとした瞬間、かけられた声で蘇芳は「…へ?」となんとも間の抜けた声を上げた。
 低い、聞き慣れた声。今の今まで頭の中にいたあの男。

「……黒?」

 黒い髪に濃紺の眼。膝下まで隠れる古びた外套。
 確かに彼は黒だった。

「なんで、ここにいるの?」

 蘇芳が飛び出してから一時間近い時は流れている。普段のこの時間なら夕食の仕込みでもしているはずだが。
 小さく首を捻る蘇芳に黒は近づき、自らが差している透明なビニール傘の持ち手とは反対の手から緑色の傘を取り出した。
 それを無言で蘇芳に押しつける。

「迎え、来てくれたの?」

 その問いに黒は「あぁ」と短く返した。
 なぜだか信じられなくて蘇芳は翡翠色の丸い瞳を見開く。
 蘇芳のその反応を見てか、若干機嫌を損ねた黒が目を細めながら呟いた。

「そんなに珍しいか」

 一瞬きょとん、と首を傾げた蘇芳は黒の質問に「うん」と一言答える。何か間違ったことを言っているだろうか?と悪びれもしない蘇芳を黒が一別すると、一つ大きな溜め息をついて元来た方に足を進めてしまった。



「な、何だよ…」

「……別に」

 黒はまたいつもの無表情に戻っており、何か言いたいことでもあったようだが、それは聞けずに終わってしまった。
 しかし自分の時間を潰して迎えに来てくれた黒が今の蘇芳にはこの上ない喜びで、雨の音では消えない程度に声を張って「ありがとう」と伝える。
 すると返ってきたのは「別に」と言う普段の抑揚のない黒の声だった。

 大人用の大きなビニール傘と子供用の小さな緑の傘が並んで歩いた雨降りの午後。
 今日の夕食は遅くなりそうだが、それはそれで仕方ない。





‐‐‐‐‐‐

なんだか黒→蘇みたいになってしまった。
黒もさることながら蘇芳も恋だの愛だのには鈍感な気がする。




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