DARKER THAN BLACK

□黒色の中の告白
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 時計の針音が異常に響く深夜。

 カーテンの隙間から見える空はまた星を流していた。
 蘇芳はそれを視界にいれないよう、布団に頭を埋め、強く目を瞑る。

 契約者の命を表す星だけが輝く夜は蘇芳にとって苦手なものだった。
 会ったこともない他人ではあるけれど、契約者という同胞が死んでいくのが一目で分かる。

 契約者としてはいちいち悲しんでいてはいけないのだろうが、人間の死に慣れることは蘇芳にはできなかった。

「……どうした?」

 布団の中で求める体温を見つけ蘇芳が抱きつくと、低く小さな声がそう尋ねる。
 蘇芳はその問いに小さく「星が流れた」と答え、一層腕に力を入れた。

 分かってはいるのだ。
 契約者に感情は必要ないと。

「また、一人死んだ……」

 翡翠から涙が流れるのは今日が初めてではない。
 他人の死にも深い悲しみを覚えるが、同時に自分への、そして隣の保護者への追手が恐ろしくなるのだ。

 もし自分が死んでしまったら二度と黒とは会えない。
 彼が死んでしまったら、自分はどう生きていけばいいのか、と。

 本当に自分勝手であることは分かっているが、それほどに黒を愛してしまった。

「……蘇芳」

 ゆっくりと頭を撫でてくれる彼の手が心地良い。
 この落ち着いた低い声で名前を呼ばれるのが好きだった。

 布団の中で密着し、聞こえる規則的な彼の鼓動はこの世に生があることを示している。

「楽しい話を、するか」

 普段より幾らか柔らかい声。

 蘇芳は布団から顔を出し、小さく微笑む保護者を確認して、「うん」と頷いた。

 蘇芳は少しの距離も開けたくはない、と身体を動かし近づく。
 それに保護者は小さく笑うと、また蘇芳の赤髪を撫ではじめた。

「今日は何をしたんだ?」

 低い声はそう尋ねる。
 蘇芳は頭の中を今朝に遡らせて、ゆっくりと考えた。

 肌寒い朝ではあるが、青く晴れ渡った空。
 起きた頃にはすでに八時を回っていて、黒もマオも何かしらの用があったのか、そこにはいなかった。

 少し寂しく思いながらも用意されていた冷たい朝食を口に入れ、保護者とペットの帰りを待つ。

 その間に行なっていたことといえば。

「……本、読んでた」

 この前買ってくれたやつ、と付け加え答えた。
 それに少し笑みを増やしながら隣の保護者は「そうか」とだけ返してくる。

 双子の王子が主人公のその本は黒が初めて買ってくれたもので、すでに何回も読破しているものの、捨てることなどできず、蘇芳の宝物の一つとなっていた。

 本の入った紙袋をぶっきらぼうに渡してきて、照れ隠しなのか、たまたま見つけたなんて言っていた彼を思い出して、蘇芳は翡翠を細め微笑んだ。

 それからも明日の昼食はペリメニだとか、ついでにケーキも作ってやるだとか、たわいも無い話で時間は過ぎていった。

 規則的な速さで頭を撫でていた黒の手は、その動きを止め、代わりに指を赤い髪に絡ませながら手櫛をし始める。
 少しくすぐったいようなそれは何故か心地よく、蘇芳は細めていた翡翠を瞼の奥へとしまった。

 それが隣の男には眠ったように見えたのだろう。

 赤色の髪を結いていた指は離れていき、吐息のように呟く声が聞こえた。

「俺が、守るから……」

 その小さな声が蘇芳の心を高鳴らせるのは簡単で、それでも何となく目を開けてはいけないような気がして、混乱する頭を必死に抑える。

 目を瞑っている状態では彼の表情は見えなくて、しかし優しく、だがどこか不安そうにしていることは分かった。

 深夜の静寂は、時計の秒針と自分の心臓の音で掻き消されている。

「……だから、泣かないでくれ」

 その中で聞こえる彼の声を一言たりとも聞き逃さないように。

 先程まで涙で濡れていた頬はすでに乾いている。
 その涙の跡をなぞるように添えられた保護者の手はいつも以上に熱く、そして震えていた。

「笑っているお前が……」

 自分の死、ましてや他人の死に涙を流すことは契約者として異端であり、それは存在してはならない感情というものだ。
 比べて、隣の男は冷静で合理的で契約者の模範例ともいうべき人間。

 この男には呆れられていると思っていたのだ。

 自分ではなく契約者としての能力を求められているのだと。

「……好きなんだ」

 本当に小さく呟かれた声は闇の中へと消えていく。
 これはきっと彼の本当の思いで、不器用な男の精一杯の伝え方。

 その思いが蘇芳にとって本当に嬉しくて、だけれど起きたら彼は顔を赤くして逃げてしまいそうだから。

 空気を揺らすだけの本当に小さな声で「僕も」と言って今回は許してあげようと思う。


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 あとがき


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