DARKER THAN BLACK
□美味しい料理を作ろうか
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時間がかかって仕方がない、と黒は小さく溜め息を吐いた。
機嫌が良いのか、何かに影響されたのか、突然現れた契約者の餓鬼に「夕ごはん、僕も手伝う」なんて言われて頼んだわけだが。
こいつの料理の不出来は知っていただろうに、と黒は頭の隅で考える。
「まだか?」
この問いを今日一体何回したのだろう、と濃紺の瞳を細めるが当然覚えてはいない。
できることなら「お前の能力はライフルを撃つことであって、毒薬を作ることではない」と言ってやりたいところだが、それは少々可哀想な気がしないでもないので、やめておく。
「あと、少し」
この答えも何回か聞いた。
だが、もう少しで終わった試しがないので信憑性には欠ける。
どうしたものか、と黒は視線を下へ向けた。
彼女の手元には白色のマッシュルームと包丁の刃先。
非常に危ないその手つきに「猫の手」と注意したいが、苛ついて包丁を投げられても困るので、黙っておく。
だが、真剣に手元を見る翡翠の瞳や、たまに脅えて手を引っ込める仕草などは、愛らしいとも思えた。しかし、これは恋愛感情とかではない、断じて。
「ほら!できた」
そんなことを考えていると、少し下がっていた赤色の頭を勢いよく上げて、蘇芳が言った。
自信ありげに見つめてくる翡翠を年長者として信じてやらねばならないのだろうが、どうも恐ろしい想像しかできないのは何故だろうか。
子供の「良いこと思いついた」で、確実に悪い方向にしか進まないアレに似ている。
「…………」
だからと言って目を背けてばかりもいられないわけで。
ゆっくりと下げた視線の先では無惨にも歪に裂かれたマッシュルームが散乱していた。哀れでならない。
「どう?結構いいでしょ」
蘇芳から発せられたその言葉には溜め息しか出ず。
どこがどう良いのか説明願いたい、という言葉を必死に飲み込んで、黒は小さく「あぁ」とだけ返しておいた。
どうもこの餓鬼には少々甘いのではないか、と黒は蘇芳を見ながら、目を細める。
初めはただ、契約者能力を欲していただけだった。
ライフル射撃という戦闘能力と合理的な思考を求め、自分の目的を果たすための道具であると。
だがいつからか既に思い出せないが、彼女を契約者ではなく、一人の人間として見るようになっていた。
仲間としてか、それとももっと違うものとしてか――。
「黒、泡出てきた」
巡らせていた頭に餓鬼の高い声が届いて、ゆっくりと現実に戻っていく。
蘇芳が覗き込む鍋の中では玉ねぎ、牛肉、そして歪なマッシュルームの入った少なめのソースが確かに沸騰していた。
鍋から香る食べ物の匂いに黒は小さく安堵の溜め息を吐く。
調理補助的なことは任せたとしても、味付けに関してこの餓鬼にやらせると何が完成するか分からない。
そのため何とか説得し、味付け担当を勝ち取ることができたわけだが。
あの時の自分の必死さは、どう表現できるものでもない、と黒は口元を若干上げて笑った。
「美味しそうだね」
隣の男にそんな事を考えられているなど思ってはいないだろう。
そう言いながら、赤髪が鍋の中を覗き込む。
香りを感じようと、翡翠を瞼の奥へと隠して鼻を利かせていた。
その様子を見、黒は端にかかっている時計を視界に入れて、まだ夕食には少しばかり時間があることを確認する。
やはり自分はこの餓鬼に甘い、と再度認識しながら、何回めかの溜め息を吐いた。
蘇芳、と彼女の名を呼び、綺麗に輝く翡翠をこちらに向かせる。
「食うか?」
手に持っているのは蘇芳が切り裂いたマッシュルーム。
味見にな、と付け加えると目の前の餓鬼は一瞬で笑みを作り、勢いよくきのこを頬張った。
どうもこの餓鬼は、きのこと人の指の区別がつかないらしい。
「あ……」
きのこと一緒に噛みつかれた指は正直痛い。
だが、目の前で恥ずかしそうに「……ごめん」なんて呟く子供を咎めるわけにもいかず。
怒ってもいないのだが、小さく溜め息を吐いて赤色の髪を掻き回してやる。
これが親心なのか違うのか、少しばかり可愛いな、と感じたのは内密にして。
緩みそうになる顔を必死に戻して普段の無表情を作る。
そして、餓鬼の口元についているソースを指で拭ってやった。
この気持ちは恋愛感情とかではない、断じて。
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あとがき