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□寂莫の蒼
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 生まれた時が一人なら、きっと死ぬ時も一人で、生きている間だってそれは違わないのだけれど、生きている間は他人という者が身近にウヨウヨ居り、たいていの人はその幻覚に惑わされるものだ。これだけ似た形の者が居るのだから、自分は一人ではない。そういうふうに一応は考えている。ロイはベランダから外を眺め遥か下界の道にひしめいている人の波を見つめながら、人を探していた。そろそろ帰ってくるであろう、彼の双子の兄であるルートの姿をその蟻より細かい人の波から見つけ出そうと試みていた。自分と寸分違わぬ姿をした、もう一人の自分。人に言われるほど似ているとは思わないが、少なからず似ている部分はあると自覚している。

「ただいま」

 廊下と居間を抜け後ろから唐突に声がやってきて、ロイは人波に落としていた目を上げる。

「お帰り」
「何か面白いものでも見える?」

 まさかお前を探していましたとも言えず、ロイはいや、と言葉を濁した。ルートは気にした様子も無く居間のテーブルの上にある籠に買ってきたチョコレートを放り込むと、買い物袋を持ってキッチンへ消えた。その後姿を見送ってからベランダから室内に戻る。大きなソファに身を沈めながら、ロイはふと窓から見える空を見上げた。小さく糸クズを丸めたみたいな雲がひとつある以外何も無い。鳥も飛行機も飛んでいない。さっきベランダから見ていた人波の上にあるとは思えないほど何も無い空が広がっている。

「そんなに外が気になるなら、出れば」

 ルートは何気なくテーブルに二人分のコーヒーを置きながら、少し微笑んでそう言った。目線はロイを捕らえては居なかったが、隣に腰掛けながら肘でロイを突いた。

「別に、外が気になるわけじゃない」
「そう」
「お前が思うほど、俺は何かを考えていたりしない」
「そうか」

 言いながら、ロイはルートの胸倉を掴み上げていた。とてもじゃないが持ち上がりはしないが、襟元が乱れる。白く細い首筋に綺麗な黒髪がかかっていて、ロイは狼狽した。己の姿を鏡で見れば、きっと同じように白い首筋に黒い髪の毛が掛かるだろう。しかし、それはこれとは違う。例えば、手を放して口汚くルートを罵ったとしよう。そうしたらきっと、ルートはロイの胸倉を掴み、今ロイが見ている情景を見ることになるだろう。しかしそれはこれとは違うのだ。

「ルート、キスしてくれ」
「人の胸倉掴んで言うことじゃないな」
「お前は俺じゃない」
「そんなことはわかってるよ」
「わかっていないだろう」

 境目がわからなくなるほど近付いて、例えば、唇を重ねて、あるいはもっと近づいて、そうして、最後はひとつになる様を、ロイは想像していた。

「元は、母さんの腹の中では、一つだった」
「まあそうだろうな」
「……一つなら良かった」

 泣きそうに声を震わせたロイに、ルートは微笑で応えた。服をきつく握っているロイの手の上に、ルートの掌が触れる。温度は同じはずなのに、なぜかロイにはルートの手が温かく感じた。
 

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