SS

□闇の底の愛らしい
1ページ/1ページ

 俺は神を殺そうと思った。いったいどうして俺はそんな突飛なことを考えたのかはわからないが、とにかくそれしかないに違いなかった。何でかとか、どうやってとか、一切そういった疑問を打ち遣って、俺は神を殺すことにしたのだ。実在の証明。俺は俺がここに居ることを証明できない。つまり俺は神の存在を否定すること能ずだった。殺すには抹消するしかないと思ったのだが、無いものは消せないし、在るかと言われれば、この俺にさえ俺を証明できないとあってはもはやそれも不可能だった。それならば、俺が俺を殺そうと思ったら、どうすれば良いかを考えた。鋭いナイフで首を掻き切れば、あるいは高い建物から飛び降りて、全身が地面に叩き付けられれば概ね俺は死ぬだろう。銀のナイフの輝きを見つめて、俺はもう一度神を殺そうと念じ、俺の首筋に当ててみた。神は死ななかった。次は高い塔の上に上って、その屋上のふちに立ってみた。やっぱり神は死ななかった。それどころか恐れもしなかった。

 お前がこちらを見ていた。お前も神を殺そうとしていた。目を見たらすぐにわかった。お前も俺が神を殺そうとしていると気づいたのか、俺がしたように銀のナイフを首に当てていた。すぐにナイフを手から落とした。少し怖かった、とお前は言った。俺はそうだろう、と応えるしか言葉を持たなかった。何しろ俺はお前が怖かったと言ったとき、神を殺す方法に気づいたのだ。ナイフも高い建物も必要ない。俺はこの手でお前を抱きしめれば良い。限りなく近い距離で、力いっぱい抱きしめあえば神は圧死するだろうと思った。そうしてみたら、確かに神は死んだのだ。

 俺は神を殺そうと思った。殺す方法を試し続けた。そしてついに神を殺すに至った。

 世界が、愛らしい闇に包まれた。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ