恋修

□stolidity
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まただ。





一体これで何度目だろう。
ポリポリと頬を掻きながらそんな事を思った。



今夜は久しぶりの乱菊さん主催の飲み会で、所謂お祭り騒ぎが大好きな奴らが勢揃いしていた。

俺自身、酒の席は嫌いではないし、寧ろ自ら楽しむタイプなんだが…



今日は何故かいつもと違う。




「あれ、檜佐木さん酒進んでねぇじゃないですか」
「あー…んな事ねぇよ、」


斑目の面倒な絡みを軽くあしらいながら、チラリと横目で確認をする。



やっぱり…まただ。




「俺…なんかしたっけ…」


誰にも届かぬ様、低い声で呟く。

勿論、大いに騒いでいるコイツらの耳に届く心配など微塵もしていないのだけれど。


はぁ、と漏らす溜め息がやけに重苦しくて、自分でも笑えた。


まあ…別に嫌な気はしないけど。
なーんて考えてる俺って一体どうなんだろう?



「何笑ってんの、気持ち悪いわね」



いつものノリと違う俺に気付いたのか、後ろから乱菊さんの手が後頭部に飛んでくる。
不意の攻撃に避けきれず、あたっ、と間抜けな声を出してしまう。


「あ、いや…別に大した事では…」
「何よ、男の癖にウジウジしちゃって、気持ち悪いわね」


酒も入り、いつも以上に口の悪い乱菊さんの本日二度目の気持ち悪い発言は、正直心が折れそうになる。


「あ、いや、ほんとに大した事ないんすよ。ただ…」
「ただ?」
「…すげぇ見られてるってゆーか…」
「誰に?」
「……阿散井に」



そう。


さっきからやけに阿散井の視線を感じるのだ。
ひょっとして俺が何かヤツの機嫌を損ねる様な事でもしたか?なんて考えるものの、全くといっていいほど心当たりにぶつからない。


っつーか俺が阿散井に対して不快な思いとかさせる訳ねーっつーか寧ろ誰にもさせねーっつーか…。


いやいやだから何考えてんだって俺…。


「…そんだけ?」
「へ?…あー…まあ。」
「……鈍感」
「…は?」


乱菊さんの言葉の意味の理解に苦しむ俺の肩をぽんと叩きながら、少し離れた位置で呑んでいる阿散井に手招きをする。


「え、ちょ、乱菊さんっ」
「理由が気になるんなら本人に直接聞けばいいじゃない」
「あ、いや、まぁそうかも…しれないけど…」





「なんすか?」


後ろから響く阿散井の声に、ビクリと身体が大袈裟に反応し、顔が熱くなるのを感じた。
…って、何で俺が熱くなんなきゃいけねーんだよ。



「修兵がね、あんたに聞きたい事があるんだって、ね?」


ニヤリと笑いながら立ち上がり、ヒラヒラと手を振る乱菊さんに俺は思わず頭を抱える。

多分、一生かかってもこの人には勝てないと思う。



「…なんすか?檜佐木さん」
「あ…いや、別に…」


真っ直ぐな眼で阿散井に見つめられるのに耐えられなくなり、思わず眼を反らしてしまう。


「別にってことはねぇでしょうよ」


そんな顔して、と小さく笑う阿散井が妙に可愛くみえてしまう。


「あー…その、だな…俺さ、お前に何かした?」
「は?なんで?」
「なんつーか…お前、さっきから俺の事見てるだろ?だから…何かしちまったのかと思って」


相変わらず熱の覚めない顔に手を当て、何故か震える声を紡ぎだす。
たったこれだけの事を言うだけなのに、随分時間を要した気がした。



「…ぷっ」



俺の発言に豆鉄砲を食らった顔をしていた阿散井が、耐えられないといった表情で急に笑い出す。
今度は俺が驚く番だった。



「…えー、と…阿散井…?」
「あー…ごめん檜佐木さん、別に困らせるつもりじゃなかったんだけど、」


笑いすぎで眼に浮かんだ涙を指で弾く。




「好きなんで、見てました」
「…は?」
「だから、檜佐木さんが好き過ぎてずーっと見てました」
「あーそうか。…って…好き?」
「はい」

思わず耳を疑うが当の本人はケロリとした表情でさらりと言ってのけた。

「…い、いつから?」
「だいぶ前から?」
「…何で?」
「いや何でって聞かれても…」

好きになるのに理由なんて必要なんすか?と阿散井らしいと言えば阿散井らしい発言に、まぁそうだよなと素直に納得しそうな自分に突っ込みたくなる。

「檜佐木さんは俺の事嫌いなんすか?」
「い、や…嫌いってわけではない…けど」

俺の好きっていうのは可愛い後輩の一人として好きっていうか…勿論お前は昔から面倒みてるし、特別な感情が無いわけではないけど…ってそもそも俺の言う特別な感情って一体何なんだよ…

少し酔いの回った脳みそをフルに回転させて考えるが、答えなどでる筈もなく、頭を抱える。

「つーか檜佐木さんさあ…」

暫く楽しそうに観察していた阿散井が悩む俺の頭に手を乗せる。
抱えていた俺の手と微かに触れ、何故か胸がトクンと鳴る。

「頭で考えてないでさ、ここで考えてみなよ」


そういうと俺の胸にトントンと指を突き立てる。
阿散井の触れたところが自然と熱を帯びるのがわかった。


「あんた、俺がずっとあんたの事見てるって何で分かったんだよ」
「え…」
「あんたも同じように俺の事見てた、んじゃねぇの?」

阿散井の言葉に思わず顔を上げる。
言われてみれば確かにそうかもしれない。
阿散井が俺を見てたわけじゃなくて、俺も阿散井を見てた。
コイツの一言で妙にストンと力が抜けた。

「…やっと俺の目、見てくれた」
「阿散井…」




今度は目を反らす事が出来なかった。
いや、俺が反らそうとしなかっただけかもしれない。



「で、どうなんすか?」



ニコニコと笑いながら俺の頭を撫でる阿散井の手にそっと触れる。


乱菊さんの言葉の意味を漸く理解した。
何で今まで気がつかなかったんだろう?
心や身体はとっくに反応してたのに、頭だけがそれに追いついてこなかった。
自分で言ったじゃないか、特別な感情って。




「えーと…檜佐木さん?」


自分の気持ちに気付いただけで、黙りこくる俺の顔を覗き込むコイツが急に愛しく思える単純な自分に心底笑える。



「俺ってほんと、馬鹿だよな」


溜め息混じりな笑いに一瞬驚いた顔をするが、直ぐに万勉な笑みを浮かべ自分の額を俺の額にコツンと当てる。



「…そーゆーとこも、好き」


囁く阿散井の声に顔が紅くなるのが分かった。


「…すぐ照れるところも、かな」
「わかったから止めろ…」
「素直じゃない檜佐木さんも」
「だから止めろって…」
「やめねぇよ」


真剣な目に、思わず力が入る。



「今までずっと我慢してたんだぜ?こんくらい、いいだろ?」


ニヤリと口角を上げる阿散井にドキリとさせられる。
いつも以上に可愛くて、でもいつも以上に大人びて見えて。
酒の力を借りたからでもなく、コイツの言葉に流されてるからでもなく、俺自身がコイツを求めているんだ。


「だーい好き、檜佐木さん」


コイツが阿保みたいに俺を好きなように、


「…俺、も」


震える声は、多分これ以上必要ない気がして、二人して小さく笑いあう。




俺、ずっと前からこれを待っていたんだろーな。







世界一の鈍感野郎。





でも多分、宇宙一の幸せ者。








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