恋修

□体感温度
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「しゅ…へ…い」
遠くなる意識の中、アイツの声が聞こえた気がした。




体感温度





後の祭り、とは多分こーゆー時に使うもんなんだと思う。


何日間か前からやけに身体がだるかった…気がする。
周りには少しは休め、なんて言われたけど、東仙隊長の抜けた穴を埋めるのは思っていた以上に難しくて、それに加えて山のように運ばれる書類に目を通して、雑務をこなして…とてもじゃないけど休むなんてことは出来なかった。


なんていう理由で、正直ここ3、4日寝ていない。
いや、寝る時間は多分あるんだと思う。
でもこうなってくると頭と身体が別々に動いてるみたいで、悲鳴を上げる身体とは裏腹に何故か頭が冴え渡ってしまっているのだ。


何とか眠ろうと酒を煽ってはみるものの、眠気に襲われる事はなく、更に自分でも嫌になるほどの悪酔いを引き起こし余計に疲れが蓄積する。


「ボロボロだな…」


無意識に口から零れる声は酷く掠れていて、自分のものなのかさえもよく分からなかった。




「……ぎさん」


「…檜佐木さんってば!!」


ハッと我に返ると、鼻と鼻が擦れるほどの近距離で自分を呼ばれていることに気付く。



「なっ…え…?わっっっ」


大袈裟にしか思えない間抜けな声を出し、思わず飛び退いてしまう。


「さっきから何回呼んでると思ってんすか…」


声の主はやけに大きなため息をついた。




何となく、コイツには会いたくなかった気がする。




「あ…ばらい…」
「やっぱ疲れた顔してますね、」


どうせ寝てないんでしょ?
隣に座り直し、心配そうな顔でこちらを覗く。
コイツにズバリ言い当てられると、言葉に詰まってしまう。
返事の替わり、と言わんばかりにに大きく噎せてしまう。


「休めっつったってどーせあんたの事だから休まねぇんでしょ?だったら夜くらい酒ばっか呑まないでちゃんと寝てください」
「あー…うん」


いつもの明るい餓鬼みたいな表情とは違い、眉間を寄せて宥める様に頼まれたら、"寝れない"なんてこれ以上心配はかけられない。
適当な相槌を打って笑ってみせた。



「…下手な演技とかいらないから、ホント休んで下さいよ」


コイツの事は誤魔化せないのは俺が一番よく知っている。


「や、大丈夫だから…心配すんなって」


だから酔ってるフリをして背中をバシバシ叩いて笑うが、相変わらず腑に落ちないという顔を向けられていると気付き、思わず目を伏せてしまう。



「…肩凝ってんだ。書類整理ばっかりやってるとどうしても…な、」


精一杯心配をかけないように、ぐるぐると肩を回してみせる。
嘘はついていない。
実際肩はこってるんだし。


「ふーん…」

納得したとは思えないような目で俺を見るが、わかったよ、と大きく息を吐き俺の肩を押し始めた。
肩を掴んだ手からコイツの温もりを感じる。
大きくて、決して綺麗とは言えないけれど、優しい手。
俺はコイツの手が好きだ。



「あのさぁ、ひさ…修兵。」


暫くして、蚊の泣くようなか細い声が聞こえる。
外にいるときは決して呼ぶことのない呼び方だった。


「少しは俺の事、頼ってくれてもいいんじゃねーの?」


なんのための俺だよ、


消えそうな声でそう呟く声に、ズキ、と胸が疼いた。


「…わかってるよ、」
「いや、修兵は分かってねぇ」
「…わかってるって…」


「だからっ!!」


俺の返答を遮る様に急にでかい声を出すコイツに思わずビクリと震えてしまった。
肩を押していた優しい手に力がこもり、少し痛い。



「分かってんなら…分かってんなら俺の事呼べよっ…そんな風に笑うなよっ…」
「恋…次…」
「確かに俺は…修兵なんかより、ずっと…ずっと子供だよっ…でも…それでも…俺はあんたを…」
「…れ…ん」
「…そんなんじゃ、分かんなくなっちまうよ…」
「…何…が…」


「そんなんじゃ、俺ばっかり、馬鹿みたいじゃねーかよ!!!」

「な…」



頭の中が真っ白になった。
いきなりの怒鳴り声に吃驚したのではなく、初めて見せる恋次のその態度に。



「色んな事、言ってくれなきゃ…伝わらねーこともあるんだよ…」


さっきとは違う、弱く震える声に、振り向かなきゃ、言わなきゃと思うのに、こーゆー時に限って身体はピクリとも動かない。


「れん…じ…」


出来るのは、情けない声で名前を呼ぶことくらい。
自分が嫌になる。




「……わりぃ、あんたが悪いわけじゃねーのにな…」


多分、悲しそうに笑ってるんだと思う。
顔を見なくてもわかる。
違うよ恋次、何でお前が謝るんだよ。
頼むからそんな顔、しないで。


「…ごめん檜佐木さん…頭冷やしてくる」


小さなため息をつくと、立ち上がりその場を去るのが分かった。


さっきまで感じていた温もりとは打って変わって背中の辺りが妙に寒く感じた。
振り向いて、手をとって、違うんだ、って…
どうしてそれだけの事が出来ないのだろう。
お前に心配かけたくなかった。
ただそれだけだったのに逆に心配かけて傷つけて、俺は心底馬鹿な男だと思えた。



「言ってくれなきゃ…伝わらねーこともあるんだよ…」


ただ、去り行く霊圧を背中で感じることしか出来ない。



あの、震えた声が頭から離れなかった。



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