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□負ける気がしない
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「そーいえばさ…」


日も暮れて来た頃、昼間のうだるような暑さが嘘の様に涼しい風が愛しい人の柔らかな黒い髪を靡かせる。

「お前ってさ、いっつも甘いもんばっか食ってっけど…飽きないわけ?」

俺の手元の鯛焼きを指差しながら少し怪訝そうな顔を浮かべる。
決して華奢な訳ではないけど、スッと伸びた綺麗な指。

「うん、飽きない」

「そんだけ食べて太らねーのが不思議だよなー…」

「動いてっからな」

あそ、と皮肉めいた溜め息を漏らすと俺が手に持つ鯛焼きにかじりつく。
これには少し驚いた。

「んー…やっぱ好きになれねーな」

眉間に少し皺を寄せてペロッと舌を出す姿が妙に可愛くて思わず吹き出してしまう。

俺しか知らない表情。
俺しか知らない態度。

そう思うだけで胸が熱くなる。
ああ、俺はこの人が居ないと駄目なんだ、って。


「もういっこあるよ、好きなもの」


「ふーん…何?」

「ん?えっとね…」

大して興味の無さそうな返事にクスリと笑い、そっと口付けをする。

「なっ…」

不意の出来事に耳まで紅く染めて目を伏せてしまうこの人はやっぱり可愛くて。

「修兵、かな」

そう告げてもう一度、今度は深く蕩ける様に絡まりあう。
ほんの少し餡の甘い香りがした。


「…やっぱ甘いね、あんた」

絡ませた舌を離し、ニヤリと笑う俺の言葉にまた顔を紅く染める。

「…ったりめーだ」

恥ずかしそうに、でも俺の目を見てそう告げた。


「餡の甘さなんかに、負けてたまるかよ」






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