いろいろ

□認識困難
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噎せ返るほどの熱気が頬を掠め、重たい瞼を仕方なく抉じ開けると、そこはよく見慣れた場所。


「あ、こ・・・」


多少不愉快な薬品の香と恐らく修兵には一生かかっても縁の無さそうな精密機械に囲まれたソファの上で、部屋の主の名前を呟くが、脳天に突き刺す鈍痛に襲われ途中で止めた。
其れでなくても水分を失い貼りつく感覚を覚える喉からは、恐ろしくひび割れた声しか紡ぎ出さない。


俺、何でここに居るんだっけ・・・


鈍く痛む頭を抱えてとりあえず身体を起こす。


阿近さん、いねぇし・・・


辺りを見回すが響くのは機械音のみで、自分以外に誰かいるようには思えなかった。


「あ、こん・・・さん」


乾いた喉を震わせて声を出そうとするもののまともな音になることはなく、単調な機械音にかき消される。


「あこ・・・さ・・・あこ、んさ・・・阿近、さんっ・・・」


ゾクリ、と妙な感覚に襲われ、思わず愛しいその名を呼ぶ。
怖いとか、寂しいとか、敢えて言うならそんな類の叫びなのかもしれない。
強くなる鈍痛にますます引き込まれそうになる。


「助け、て・・・阿近さ・・・」


なんつう情けない声を出しているのだ、と自身を笑いたくもなったが、強がる気分にはなれなかった。


「お、目ぇ覚めたか」


カチャリ、と扉を開ける音と共に求めていた声が耳を掠めた。
低い落ち着いた響きは、修兵の心を落ち着けるには充分だった。
それと同時に視界が揺れる。

「あこ、んさん」


ひたすらにその名を呼び続けたせいで先程よりも酷く掠れている声に阿近は眉間に皺を寄せる。


「何泣いてんだよ」
「・・・わかんね」


揺れる視界の原因が己の涙だと気付き、慌てて拭う。


「寝てろ」


少し不健康そうな白い手で修兵の黒髪を撫で、ソファに押し戻す。
安心感と安堵感で、特に抵抗することもなくそれに従う修兵だったが、冷静になり、ふと疑問が浮かぶ。


「何で俺、ここにいんの?」
「はぁ?」


覚えてねぇのかよ・・・と深い溜息を吐く阿近に首を傾げる修兵。



「技局の目の前でぶっ倒れてたんだよ」
「・・・俺が?」
「おめぇ以外に誰がいんだよ」
「そういえば、朝から具合悪かったような・・・」
「こっちはいい迷惑だ」


風邪だとよ、と不機嫌そうに煙草の煙を吐き出しながら懐から紙袋を取り出し、修兵に投げる。


「それ飲んで寝てりゃ、治る」
「わざわざ四番隊まで・・・?」
「うちの隊長の薬、飲みたかねぇだろ?」

ニヤリと笑う阿近の台詞に、鳥肌が立つ感覚を覚えた。
確かに、それはどう考えても御免だ。


それにしても普段なかなか技局から外へ出ようとしない阿近が自分の為にわざわざ薬まで貰いに行ってくれた事に胸がいっぱいになる。
受け取った紙袋から煙草の香がした。


「ありがと、阿近さん」
「・・・早く寝ろ」
「はーい」



暫くすると規則正しい寝息が聞こえてくるのがわかり、阿近は静かに溜息をつく。
起こさないように汗で張り付いた鮮やかな黒の前髪をそっと掻き分け瞼に唇を落とした。

ありがとう、か・・・


「・・・それはこっちの台詞だ」


書類を手にするわけでもなく、伝令を言付かったわけでもなく、ただ純粋に具合の悪い中自分を訪れた。
こういうのは性に合わないが、的確な表現があるとすれば“愛を感じる瞬間”とかいう甘ったるい言葉。


「・・・早く治せよ」


生憎不器用なこっちは愛を表現する方法なんて高が知れてるのだから。






(愛を囁く間だけは、)
(素直な自分になれるだろうか?)



fin.


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