恋修
□体感温度
2ページ/2ページ
結局アイツはあのまま帰ってくる事はなかった。
翌日になっても相変わらず書類は増え続け、流石に苛立ちが止まらない。
周りからは仕事バカ、なんて言われてはいるが、俺だって嫌になるときくらいある。
身体的な疲れはもちろんだが、追い討ちをかけるように昨日のアイツとのやり取りは俺に完璧なダメージを残した。
震えたか細い声と、直接見ていないにも関わらず浮かぶ悲しそうに笑うアイツの顔が二日酔いの脳内を駆けずり回る。
「…ちっ」
手につかない書類を机に置き、ソファに寝転がる。
謝らなきゃ、とは思うものの一体どんな顔をして会えばいいのかが分からない。
いつだって喧嘩をした時の仲直りはアイツからだった。
「修兵、ごめん」
思えば、いつもアイツに謝らせてばかりだ。
はぁ、と漏れる溜め息だけが誰もいない執務室に響き渡る。
そういえばアイツ、よくここに遊びに来てたっけ。
疲れた時には甘いもんだとか言って鯛焼きやら団子やらを買ってきて。
結局は食べたいのは自分じゃねーかって突っ込んでみたり。
修兵が終わるまでここで見てるって言っておきながら最終的にはヨダレ垂らしながらソファで寝てたり。
たまには気分転換でもしなきゃってニコニコしながら抵抗する俺を無理矢理外へ連れ出したり。
アイツの愛情は沢山受け取った筈なのに、どうして俺はいつも素直になれないんだろう。
頬を伝う感覚で、自分が泣いている事に気がついた。
「…っ…ふ…」
漏れる声なんて聞きたくない。
泣くのは俺ではない。
アイツの方が泣きたい筈なのに。
なのに…
修兵は泣き虫だな、と伝う涙を優しく拭うアイツの手を思い出してるなんて。
どれだけ都合の良い奴なんだ俺は。
そう考えると、また自然に涙が溢れてきて。
「…っ…れん…じ…っ」
今更名前を呼んだって、アイツには届く訳ないのに。
自らの肩に触れると、あの優しい温もりの感覚が未だ残っている気がした。
「檜佐木副隊長」
ふいに戸を叩く音がして、もしかしたらアイツがまたここに遊びに来たのではないかと錯覚に陥りそうになるのを制し、零れた雫を慌てて拭う。
「どうした?」
慌てた様子で執務室の中に入ってくる隊士に、いつもの九番隊副隊長の顔が戻る。
「それが…」