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□三橋ナースの憂鬱
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「あっ、阿部くん!」
お昼休み、職員用の食堂で三橋は阿部を見つけ、いそいそと近寄った。

「おー、三橋!今日ゴメンな、朝お前が起きるの待たなくて。」
「う、ううん。阿部く、まだ研修医だし、先生にも一目置かれてる…んでしょ?だから、しょうがないよ。私は、大丈夫!」
「ん、悪いな、三橋。」
そういって三橋を寄せて軽く頬にキスをする。
「あっ、今日のお弁当。はい、阿部くんのぶん。」
「いつもサンキュ、三橋。」
「フヒッ」
三橋と阿部のそんなラブラブな空気をよそに、周りの職員は慣れているのか突っ込むものはいなかった。

「そういえば三橋、昨日言ってた例の患者、どうだ?またケツ触られたりしてないだろうな?」
阿部の突然の質問に、三橋は少しうろたえた。
「ふぇ…!?え、えっと…触られた、けど…。」
「はぁ!?お前やっぱりまたセクハラ受けたのか?だからあれほど用心しろって…」
「で、でも!仕事だし、師長さんにもちゃんと言ってるから、だいじょぶ!」
阿部がキレるのを予想していたように、三橋はすかさずフォローに入る。
阿部はそのフォローに納得しかねる様子だったが、
ここで怒鳴っても元も子もないことを思い出し、
渋々頷いてひとまずは気を静めることに徹していた。

「とにかく、今度何かあったらすぐ俺に言えよ。お前は本当に天然なんだから…。」
自分の彼女の身を案じ、阿部は心の底からため息をついた。
「うん。阿部くん…ありがと…」
三橋は阿部に向かって、ほんのり顔を桜色にしながら微笑んでお礼を言う。
阿部もその笑顔を見ると、「やっぱ可愛すぎるのも問題だよな…」と心の中で密かに三橋のその無自覚天然行為を呪った。




それから数日後、三橋は病棟の夜勤に入っていた。
「『あべくん、お仕事、お疲れ、さま。今日は、先に寝てて、ね…』っと」
勤務前の更衣室ロッカーで、三橋はいつものように阿部にメールを送っていた。
ナース服に着替え、そのまま夜勤業務に向かう。
この日は先輩ナースとの夜勤で、人手も足りず忙しく業務をこなしていた。
「三橋さん、カルテ記入終わったら病棟の見回りお願いね。」
「はいっ!」
先輩に頼まれ、三橋は薄暗い廊下を歩いていった。

『205号室の4名…異常なし。』
一部屋一部屋患者の状態を観察しながら、最後に問題の患者の部屋の前にやってくる。
『あれから何もされなかったし…話しかけても無視さちゃってたし…大丈夫、だよね…』
一瞬一人で入るのをためらったものの、最近の患者の素行から、「忙しい先輩を呼んで一緒に入ってもらうこともない」と解釈する。
三橋はその問題の部屋へ入っていった。

「失礼します、よ〜…」
小声でセクハラ患者の居るカーテンを開ける。
『あれ…?伊藤さん、居な…』

ドンッ!
「!!?」

突然後ろから衝撃を受け、もぬけの殻だったベッドに押し倒される。
「三橋さん。言ったよね。何しちゃうか分からないって。」
「んぐっ!!」
シーツを口に巻かれ、声が出せない。

三橋は、そこで始めて今自分がどんな状況に置かれているかを理解し、抵抗しようと暴れまわった。
しかし、男に馬乗りにされ、身体が思うようにうごかない。

ぼんやりとした頭で見回すと、その首謀者の患者以外にさらに2人の人間が両方から押さえ込んでいたのだ。
「せっかくだから他のヤツらも呼んで楽しもうと思ってね。」
その2人は、この部屋で男と同室の患者たちだった。
『1人だけなら隙を見て助けを呼べる』と考えていた三橋は、一気に絶望的な気分になった。
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