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□一歩踏み出す特別な日
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最後の授業も終わり、やっと待ち構えていた部活の時間やってくる。
クラスメイトの女と会話をしている水谷、委員会のある花井を放って一足先にグラウンドへと向かった。

駐輪場へ行くと見知った顔があった。幼馴染の三橋廉だ。
昔はよく一緒に野球したりして、何の感情もなくただ一緒に遊んでいただけだったが、最近は会うたびに三橋の動向が気になって、怒鳴ったり口うるさくなってしまう。

三橋はこっちに気付いていないみたいで、俺は声をかけようと一歩前へ踏み出した。

「ごめんね三橋ちゃん、待った?」
俺が声をかけるより先に、別の声が三橋を呼び止める。
「あ…、いえ、今きたとこ…です。」
ここからでは三橋の表情をうかがえない。
「んじゃ、行こうか」
その男はなれなれしく三橋の腰に手を回し…

そして俺の目の前から2人とも連れだって去って行った。


遅れて来た水谷と花井に声をかけられるまで、俺はその場で固まっていたらしい。



…あの三橋が、全く野球部と関係ない男とあんな風に話す姿なんて想像もできなかった。
ずっと人見知りで恥ずかしがり屋で、慣れてきた人間とも会話がおぼつかない時もあるのに…

その日の部活は全然身に入らなくて、ただ機械的に身体を動かしているだけのような、変な感覚を引きずっていた。

気付いたらすでにみんなと別れ、暗がりの帰り道を一人自転車で走っていた。
ふと前を見ると三橋が歩いているのが見える。
今はあの男は見当たらない。俺はちょっとためらったが声をかけた。
「おい、ずいぶん遅いご帰宅じゃねえの?」
後ろから唐突に声をかけられ、ビクっと大げさに身体を震わせたが俺だとわかると安心したように胸を撫で降ろしていた。
「あっ阿部君も、今帰りなんだ…」
「俺は部活だからな。…つかお前は何でこんな遅いの?」
何も知らない振りをして問いかけると、三橋は目をそらしてこたえる。
「あ…えっと、お友達に誘われて、て。今まで遊んでた。」
歯切れの悪い三橋の返答は、本当に何も知らないとしてもウソだと一瞬で分かるようなものだった。
そして、それはこんな時間まであの男と一緒にいたことを意味する。

嘘までついて隠したい相手なのか、とイラっと来た俺は思わず口走ってしまった。
「ふーん。男とあんな親しそうに密着しといて『友達』止まりなんだな。」
「…え?」
三橋の顔がこわばり、ばれていたことに恐怖する顔を見せた。
歯止めが利かなくなった俺はさらに感情をぶつける。

「お前、ホントニブいからさ、てっきりああいうのに引っかかってもう行くとこまでいったのかと思ったよ。
もしかしてそういうのも含めて『友達』とか呼んでんの?ハッ、だとしたらとんだビッチだな」
自嘲気味な笑いとともに今口走ったことを反芻して、途端に我に返る。
しかし、言った言葉は取り消されない。
恐る恐る見た三橋の顔がそれを物語っていた。
「お、おい」
泣くかと思って顔をのぞく。
しかし、三橋は泣いてなどいなかった。

「…関係ない。」

「は?なんだと?」

「阿部君には、関係ない!」

それは三橋が初めて俺に向けた「怒り」の感情だった。

そのまま家の中に走り去っていく三橋を呼び止めることもできないまま、
大きな音を立てて閉じた扉をしばらく呆然としながらみつめていた。
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